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#1 転生したら美少女でした。

──私は、この世界に来て二秒で理解した。


「これは、、、」


鏡に映るのは、瑠璃色の髪がつるつると滑らかに光り、朱色と藍色の狭間が映し出された右目に、

澄んだ翠色をした左目が柔らかに光っている。


口から滑らかに滑る言葉は、天然の真珠を転がしたような音が心地よい。


「鏡、、、つまり」


しっとりとした下唇の手前に、そっと長い指が翳される。


「これが、私で、、、」


ぱっちりとした瞳が、みるみるうちに開いていき、繊細な睫毛が天井を仰いだ。


「エルマ様、エルミー・ゴットマン侯爵が到着されたとのことです」

「エルマ様、早く支度を終わらせて下さい!もう、いつも直前まで、、、」


──私は、この世界に来て四秒で理解した。


私の名前は、エルマ・レイス。そして、私の隣にいるのは、侍女のハンナとマリア。

ハンナの方は、手入れの行き届いたロングヘアで、フリル付きのエプロンとカチューシャを付けているが、色はそんなに派手なものではないため、違和感がない。

マリアは、ハンナより随分年上らしく、腹回りが少し気になるが、侍女としてはベテランで動きもハキハキしている。服装が派手なのは、少々気になるが。



「私は、この世界に転生した!?」


部屋を見渡すと、梱包材が掛かったままの衣装箪笥があり、その手前に低めのテーブルと椅子が綺麗に並べられている。

鏡台は窓際に設置されていて、カーテンの隙間から吹き込んでくる風が、心地よい。おまけに、全て家具はピンク色である。


新品を急いで買い付けた様な痕跡が幾つも見受けられ、ビニール袋に乱暴に詰められたものは、写真が入ったままの写真立てだった。



「お嬢様、どうかなされましたか?具合でも、悪いのでしょうか」


襟や袖口には、鶴の羽毛を模したものが付けられており、その色で判断するに今喋ったのはハンナの方だろう。


「エルマ様が、宴会の前にこんなにもテンションが低い事なんてありましたっけ」

「きっと、また婚約破棄されると、不安でいらっしゃるのでしょう」


窓際から伺える、豪邸らしき庭は百合子やラベンダーが朝日を浴びて、煌びやかに光り、それを取り囲む様に幾つも噴水があった。

黒い高級車が並べられ、そこから出てくる人々は日光を鬱陶しそうに眺めると、掌で日光を遮る様にしてから、汗ばんだスーツの裾をはためかせた。

その周りを取り囲む様に主人に仕えている人々が、襟元を直してやったりと、忙しく動いているのが見えた。


「婚約破棄!?私、そんな何度も!?」


とっさに、質問してしまった。頭の整理は追いつかないままだが、これほど美人で何故求婚破棄なんて、と思ってしまう。


「やはり、今日のお嬢様と一緒にいると調子が狂いますね」



「っは、つい話し込んでしまったけれど、エイミー・ゴットマン侯爵がお見えになっているんだったわ」


正直に言うが、なんでエイミーなんちゃらさんの事を毎回フルで言うんだ?


ハンナとマリアは自分の身なりを確認した後、部屋のライトを消したりと忙しく動き、部屋から出るように、と私に指図した。

部屋の鍵をかけた後、走りますよ、と威勢のいい声で言うものだから、私はきょとんとしながらも、手足を前に動かした。

脚に纏わり付くドレスのフリルが邪魔で何度も蹴り飛ばしたが、ハンナの方にお行儀が悪いですよ、と言われて辞めた。

長く続く廊下は赤いカーペットが中心に引かれ、両端にはゴツゴツとした大鎧が佇んでいる。その鎧みたいなの本当に意味あるのか?


「エイミー・ゴットマン侯爵は、とっても優しい方なので貧乏貴族と知っても大丈夫でしょう」


ハンナがぽつりと呟くように言った。私は、訳が分からなくなって、とっさに喉を詰まらせた。

長い瑠璃色の髪が風に靡く感覚が心地よいな、と呑気なことを考えていた矢先に、貧乏貴族というキーワードを出されるなんて。

しかも、貧乏貴族と言うには勿体ない程の広い部屋に、高級車が何台も入る程の庭があると言うんだから、貴族としては上の位だろう、と思っていた矢先に。

しかし、何で部屋の家具が全て新品で、梱包材が掛かったままの衣装箪笥まであったのだろうか。家具は全て高価なものに見えたのに。


「貧乏貴族、、、!?なんでよ」

「あら、お嬢様の耳には届きませんでしたか、まあ仕方ありませんね」


マリアは嫌味を言う様に、口元に手先を翳すと、こう言った。


「貴方のお母様は、エルマ様を駒としか考えておりません、娘にだけ豊かな暮らしをさせて、それを引き換えに今回の求婚が終われば、捨てるらしいですよ」


そう聞いた瞬間、酷い吐き気が喉元を突き上げた。腹の上から、見えない振り子が吊るされて、ためらうことなく左右に揺れ回っているような、

胃の奥が空中に投げ出されたような、奇妙な浮遊感に包まれた。まさか、とは思っていたが転生先の運が悪すぎるのでは、と思ってしまう。


「まあ、そんなこと言ってもよろしいのですか、エルマ様を不安に陥れるだけじゃないですか!!」


私の身体の隙間を、か細い風が吹き抜けていく。次の階段を降りようとした瞬間、足元が絡まって、震えるハイヒールが盛大に滑り、視界が回転した。

気が付けばそのまま階段を滑り落ちて、投げ出されたらしく、脳の底からじわじわと痛みが生じて、それに同調する様に鼓動が忙しくなった。

足元を動かそうと姿勢を変えた瞬間、ハイヒールから剥き出しになったアキレス腱が、引き裂かれる様な悲鳴を叫ぶ。


「あらあらあら、足を怪我しておりますねえ、いやはや、大丈夫でしょうか」


笑顔というレッテルの隙間から、どす黒い大人の表情が伺える。私は、足元を動かそうと姿勢を変えると、足が割れる様な激痛が走った。

身体を転がす様にうねらせると、マリアがまあまあまあ、と繰り返す。その間に、ハンナが気を利かせたそうで、何処かに電話をしていた。


「エルマ様がエイミー・ゴットマン侯爵をエスコートする予定でしたのに」

「え、、、つまり、私、ここで求婚破棄されたら、終わりってことだよね」


それから数分後、担架の上で横たわりながら、私は今までの事を整理した。


前世の記憶がまだ胸の奥でざらついている頃、私は、貧乏貴族アーデルハイト家の“末娘”として目覚めた。

屋敷は古びていて雨漏りさえするのに、なぜか私の部屋だけは、すべてが新品の家具でそろえられていた。

ベッドも机も、触れると軋む音ひとつしない。最初は「転生の恩恵かな」などと都合のよい解釈をしたが、今思えばあれが“前触れ”だったのだ。


——この家は、私を売るつもりだった。


アーデルハイト家は代々の落ちぶれで、もはや爵位だけが辛うじて残っている「貧乏貴族」。

だからこそ、彼らは私を大金持ちの家へ嫁がせることで、一族を救おうとしていた。

「はなから」私個人の幸福など考えていなかったのだ。新品の家具も、豪華な衣装も、すべては“見栄えをよくするための投資”。

まるで競り市に出される家畜に首飾りをつけるように。


そして今日、私はその婚約者であるゴットマン家の若きに呼びだされた。


「婚約を破棄する。——君は不要だ」


それだけだった。

理由さえ告げられなかった。だが、分かっている。彼は最初から私を選ぶつもりなどなかったのだ。

美人でも華やかでもない(そうかな…?)“貧乏貴族の娘”を娶るなど、どこの名家が望むだろう。


そう、これは“救済”のための婚約であって、“愛”のための婚約ではなかった。

私を新品の家具で飾っても、中身は別に変わらないのだ。

侯爵家は冷静にその事実を確認して——見限った。

私の家は、私を道具として差し出し、そしてその道具は、使われる前に捨てられた。


転生してすぐ、こんな仕打ちを受けるとは思わなかった。

しかし、胸の奥で何かが小さく燃えている。「ああ、これからは私の人生を私自身で選びたい」——そんな、前世では持ち得なかった願い。



「え、、、つまり、私、、、終わったくね!?」

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 最初から大変ですね。売りとは・・・
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