転生てんでい
テンデイ
まぶしい。
――そう思ったのが、最初だった。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。目の奥に染み込んでくるような、優しい陽の光。春の空気がほんのりと香って、頬を撫でる風が心地いい。
あれ……俺、死んだんじゃ――
視界にまず映ったのは、真新しい木目調の机。
薄く削れた鉛筆の跡や、彫られた名前の痕。そのすぐ先、窓の向こうに広がるのは――
満開の桜。
白に近いピンクの花びらが、スローモーションのように空へと舞っている。
雲ひとつない青空。木々の間から差し込む陽光。どこまでも穏やかで、絵画のような景色。
そのすべてが、現実離れしていた。
「……嘘、だろ」
机に頬を伏せたまま、息を潜めるように呟いた。俺は確か……とゆっくり脳を動かし、自分の“最後”を思い出すために動かす。
ざわめき。笑い声。机を囲んで騒ぐクラスメイトたち。
弁当の香り。窓を開けた誰かの背中。
聞き慣れないはずなのに、どこか懐かしい――そんな昼休みの喧騒。
俺は、自分の身体をそっと見下ろす。
制服。真新しいブレザー。
細い指。小さくなった手。
鏡がなくても、わかる。俺はもう、あの社会人の俺じゃない。
「これ……」
声がかすれる。喉が震える。けれど、どうしようもなく確信していた。
「……『君と泣きたい夏』だ」
言葉にした瞬間、鳥肌が立った。
間違いようがない。忘れるはずもない。
プレイ時間、100時間越え。
ヒロイン全ルート制覇。
バッドエンドも、トゥルーも、すべて見た。大好き……と言うわけではないのだが、確かに自身の脳に刻み込まれたゲームの一つだ。
物語の舞台は、都立久沙羅学園。その中で五人のヒロインと交流を深めたり、関わったりすると言う話だ。
原作のスタートは“二年生編”だった。だけど今は――
(……一年生?)
まだ誰も壊れていない。誰も傷ついていない。
ヒロインたちが笑っていられる、たったひとつの季節。
それと同時に――嫌でも、思い出す。
あの、ルートの先に待っていた地獄を。
ヒロインたちが壊れていく光景を。
最後に“主人公”だけが救われる、あの結末を。
きれいな世界だった。儚くて、胸が締めつけられるほど、愛おしかった。本気で泣いたことがあったゲームはあれが最初で最後だろう。
――だけど、救えなかった。
プレイヤーだった“俺”は、画面の外からそれを見ているしかなかった。
選択肢の先に、何度もバッドエンドを繰り返し、ようやく辿り着いたトゥルー。
それすら、完璧な救いとは言えなかった。
(なら今度こそ――)
俺はこの手で、この目で、もう一度あの物語に向き合うことになる。
でも。
その瞬間――ひとつの疑問が、脳裏をよぎった。
(……俺、主人公じゃない……?)