第8話「左腕」
「西暦何年の日本から来たの?」
愛香が真剣な面持ちで俺たちにそう告げた。
「俺たちが来たのは、西暦2025年だよ。そんなの愛香が来た年に足していけばわかることだろ?」
「確かにそうね。でもそれは、この世界と私たちの世界が同じように時間が流れてる場合に限るわ」
「......あいか、何が言いたいの」
何か意味ありげなことを言いたそうな愛香に、俺も萌花も疑念を抱く。
「私がこの世界に来たとき、日本は平成17年。西暦でいうと2005年だったわ」
「......てことは愛香も、おばさんだった?」
「萌花ちゃ〜ん、愛香『も』ってどういうことかしら?」
「な、なんでもない......リーヴァよしよし」
萌花は自覚しているのかいないのか、リーヴァさんを怒らせるようなことを言ったが、愛香に教えてもらった手なづけ方を早速試していた。
「失礼ね。私はまだ16歳よ」
「てことは、愛香は何年前にこの世界に来たんだ?」
愛香が2005年にこの世界に来たのに、年齢はまだ16歳なのはおかしい。
「愛香ちゃんはね、二年前にやってきたのよ〜」
「二年前に来たのに、当時の日本は2005年で、今は16歳......?もか、頭こんがらがってきた」
「安心しろ萌花、俺もだ......」
死刑にされそうになったり腕を切断されたりエルフに殺されかけたり、非日常なことはいろいろと体験してきたが、これはあまりにもファンタジーすぎる。
だが、状況から導き出せる結論は一つしかない。
「......つまりあれか?ここにいる異世界人もみんな、バラバラな時代から来たってことか?」
「意外と察しがいいのね。その通りよ。この孤児院だけで見ても、2200年のアメリカからきた人もいれば、紀元前の中国から来た人もいるわ」
異世界っていうだけでも驚くのに、さらには未来人までいるのか。
「そ、そうなのか......。到底受け入れられないけど、異世界転移ということが起こっている以上、何が起きてもおかしくはないよな」
「もかたちは、異世界人でタイムトラベラー、属性もりもり」
同じ時代の日本人と遭遇する確率がぐんと下がったと考えると少し寂しいが、そんなに憂慮するべきことでもないだろう。俺たちの目的は変わらず、胡雪と奈月の手がかりを探すことだ。
「あら?本質を捉えられてようね。いろいろな時代からの転移が可能なのは、異世界人を召喚する際には時間という概念が超越できるからなのよ」
「......何が言いたい」
「颯と萌花は人を探しているのでしょう?その人たちが今、この時代にいるとは限らないってわけ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、一瞬視界が真っ白になった。
それってつまり、胡雪や奈月がこの世界での他の時代に飛ばされたかもしれないということか?
「あり得ないだろ......こっちに飛ばされる時俺ら四人は、同じ場所にいたんだぞ!」
「それが、あり得るのよ。私と弟もあの時同じ部屋にいたわ!でも、実際私の弟は、100年前に飛ばされた......!
やっとの思いで弟と再会したとき、彼は墓の中にいた......」
「そんな......」
衝撃的な事実に言葉が詰まる。
「ゆきねぇやなつねぇと、前みたいに会うことはできないってこと......?」
「......再会はできるかもね。ただ、その姿が前と同じとは、思わない方がいいわ」
胡雪や奈月が過去に飛ばされており、すでに死亡している。
そんな最悪の予想が頭をよぎる。
萌花も同じことを考えたのだろう。顔が真っ青だ。
「もう、愛香ちゃんったらそんなに脅したら可哀想でしょ。大丈夫よ、きっと大丈夫」
リーヴァさんが萌花に近寄り、抱きしめる。萌花はその優しさに涙腺が緩んでのか、泣き出してしまった。
側から見るとリーヴァさんと萌花は母娘のようだ。
(俺がしっかりしなくてどうする!)
弱っている萌花を見て、決意を新たにする。まずはとにかく情報だ。どんな些細なことでもいいから情報が欲しい。
改めてリーヴァさんと愛香に向き直る。
「リーヴァさん、愛香、俺にこの世界のことを教えてくれ」
♢♢♢
「やてにぃ、このベッド、ふかふか」
「うわ、ほんとだな。いつもボロベッドだから余計に感動するぜ」
俺と萌花は、二人並んでベッドに横たわっていた。
今日はもう遅いからと、リーヴァさんは来客用の部屋を一つ使わせてくれたのだ。最初は二つ用意してくれそうだったが、萌花がどうしても俺と同じ部屋がいいと駄々を捏ねたのだ。
昼食のカレーを食べ終わった後も、太陽が傾き始めるまで、リーヴァさんと愛香にいろいろなことを教えてもらった。
この世界に存在する国と付随する情勢。異世界召喚の仕組み。さらには宗教や風習に至るところまで。
予想通りと言えば予想通りだったが、この世界には魔法があるらしい。
火・水・土・雷・風の基本の5属性があり、大抵の人はこのどれかの魔法を一つだけ使えるのだという。ごく稀に光属性と闇属性を扱える者もいて、その貴重さから国の軍隊では重宝されている。
また、異世界人の召喚はダルク帝国というアルフレム王国と敵対関係にある国がおこなっているらしい。強い魔力を持った人物はダルク帝国に召喚されるが、他の巻き込まれた人は時間も場所も、様々なところに転移してしまうのだという。
つまり胡雪か奈月、俺たちをこの世界に召喚する際に標的となった方は、ダルク帝国にいる可能性が高い。次の目的地はダルク帝国になりそうだ。
「やてにぃ、ハグして」
「しょうがないな、わかったよ」
隣に寝転がる萌花が、腕を広げながら甘えた声で要求する。
今日は本当にいろいろなことがあった。萌花はついこの間までランドセルを背負っていたのだ。疲れるのも無理はない。
萌花の要求に応じ、右腕だけでぎこちないハグをする。
満足そうな顔で目を閉じる萌花。
胡雪たちに対する心配で押しつぶされそうになっていた心が、即座に充足感で満たされていく。
やはり家族は特別だ。恋人は別れたらおしまいだが、家族はどんなに嫌っても血のつながりは消えない。
その血のつながりが柵ではなく絆となり、今こうして俺たちの心を癒しているのだ。
「左腕は、もう痛くない......?」
「ああ、もう大丈夫だよ。断面が少し痒いくらいかな」
萌花が心配そうに、断面をそっと撫でる。
切断して数日間は、ひどい幻肢痛に悩まされた。だが、もう既に一週間ほど経過しており右腕だけでの生活にもある程度は慣れた。
「......あれ?やてにぃ、左腕ちょっと生えてきてない......?」
「なにバカなこと言ってるんだ。地球人ではなくなっても、人間まで辞めた覚えはないぞ」
萌花のいつもの悪ふざけかと思いつつも、左腕の断面を目視で確認する。
「ほんとだ、ちょっと生えてる......」
失ったはずの左腕が、再び産声をあげていた。
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