第6話「孤児院」
孤児院の情報を手に入れてから数日後のよく晴れた日。
俺と萌花は、街の人が言っていた異世界人がいるという孤児院の入り口に立っていた。
「ここが孤児院か」
「やてにぃはロリコンさんだから心配」
「いつから俺はロリコンになったんだ!」
「え、違ったの......?」
「断じて違う」
孤児院は街の南の外れに位置しており、周りには田畑が広がっている。
その見た目は古びた教会のようで、国がお金を出している割にはボロく見えた。
「ま、とりあえず入ってみるか」
「ゆきねぇたち、いるといいね」
「ああ、そうだな」
この孤児院に来た1番の目的は、胡雪と奈月の手がかりを探すことである。
最悪手がかりがなくても、同じ異世界人に会えれば、様々な有益な情報が聞けるかもしれない。
「ごめんくださーい」
扉を三回ノックする。ドタバタといった足音が聞こえた後、扉が開く。
「はーい、どちらさまでしょうか」
孤児院から現れた人物を見た時、俺は目を見開いた。
翡翠のような髪の毛に、整った顔立ちの女性。それになんといっても、耳が尖っていたのだ。
「ええと、ここに異世界人がいるって聞いてきたんですけど......」
「ああ!黒髪に平たいお顔、あなた達日本人かしら?もちろん大歓迎よ。さ、入って入って」
その人物は俺たちが日本人であることを見抜き、孤児院の中へと迎え入れてくれた。
♢♢♢
それから、孤児院の食堂らしき場所に案内された。
長机が8つあり、50人くらい収容できそうな空間だ。天井が高いので、余計に広々と感じる。
俺たち以外にも小さな子ども(恐らく孤児だろう)が孤児院の職員と思しき人物がいて、孤児たちは職員に遊んでもらっているようだった。
「少しうるさいだろうけど、我慢してね」
「いえいえ、俺は小さい子大好きなので、全然気になりませんよ」
「あらほんと?ならよかったわ〜」
「やっぱり、やてにぃはロリコン」
萌花がジト目で俺のことを睨む。
「誤解だけど、これは誤解を招く言い方をした俺にも責任があるね!」
”小さい子大好き”は、切り抜き方によっては犯罪臭がする言葉だ。気をつけよう。
一先ず俺たちは食堂の椅子に腰掛けた。
「ふふ、仲良しなのはいいことね。ところで、あなた達の名前を教えてくれる?」
「能見颯です」
「......のうみもか」
「そう、やっぱり日本人なのね。私はリーヴァ・ドアレイン。ここの院長をしているわ」
名前を聞いて、俺たちが日本人であることに確証を持ったようだ。
「あの、なんで俺たちが日本人だってわかったんですか?」
「そうねえ、私も元は日本人だから」
「え、それマジで言ってます?」
「もちろん嘘よ」
「いい加減にしてください!」
どうやらリーヴァさんは茶目っけがある人らしい。
萌花と二人きりにしたらツッコミがいなくて収拾がつかなそうだな......。
「冗談はさておき、この孤児院には異世界人がたくさんいるの。それである程度見分けられるようになったわ。それに、モカちゃんの綺麗な黒髪を見て、日本人かなってね」
「ふふーん。もかの黒髪の魅力は万国、いや万世界で共通」
思いがけず黒髪を褒められた萌花のドヤ顔。
「なるほど、やっぱりここに異世界人がいるっていう噂は本当だったんですね。日本人かどうかまでわかるってことは、日本人以外の異世界人もいるんですか?」
「ええ、たくさんね。中国人や韓国人などの東アジア人もいれば、アフリカ人にヨーロッパ人もいるわ。そこにいる彼は、ポルトガル人よ」
リーヴァさんは近くの職員を指差して言った。
「てっきり、この世界の人だと思ってました......」
この世界の人は、欧米風の顔立ちをしている。
日本人である俺に、ポルトガル人とこの世界の人の違いを見分けるのは不可能だ。
「確かに似てるけどこの世界の人なら絶対に見分けられるわ。あなた達が中国人と日本人を見分けられるようにね」
「そうなんですね......」
確かに、韓国人、中国人、日本人は、見分けられる気がする。どうして見分けられるかの説明はできないが。
異世界人を見分けられるということは、ポルトガル出身の彼も差別を受けるということか。
「リーヴァ、もかたちの世界のこと詳しい」
萌花の言う通りだ。ヨーロッパやアフリカといった地域、ポルトガルや日本といった具体的な国名も知っていた。
俺が思っている以上に、異世界人が多いのだろうか。
「俺も思ってました。相当な人数、異世界人が来るんですか?」
「人数自体はそれほどでもないのよ。この国には、一年に10人来るか来ないか、といったところかしら。私があなた達の世界について詳しいのは、この仕事を長くやってるからなの」
「そうだったんですね、実際どのくらいやられてるんですか?」
「正確には数えてないけど、もう50年くらいになるかしらねえ」
これは驚いた。リーヴァさんは口調が穏やかで落ち着いているが、見た目は20代と言われてもおかしくない。
やはりエルフは長命な種族なのだろうか。
「てことは、リーヴァっておば......」
萌花が失礼すぎる一言を口にする直前、リーヴァさんから背筋が凍るような圧を感じた。
「モカちゃ〜ん、なんか言おうとした??」
「も、もかはなんも言ってない......全部やてにぃの指示」
萌花が一瞬で俺の後ろに隠れた。
リーヴァさんの方向から、強風が吹いてきた。
「ご、誤解ですってリーヴァさん!ほら、リーヴァさんっておばあさんみたいな包容力があるなあって」
「お、おば、おばあさんですって!?」
あ、間違えた。
怒りが収まるどころか、更に怒ってる気がする。
「やてにぃ、流石にそれはもかでも失言だと思う」
「で、ですよねー......ど、どうしよう萌花。あんなに優しかったリーヴァさんが、鬼の形相でこっちを睨んでるぞ!」
「知らない。やてにぃが悪い」
「いやいや、元はと言えば萌花があんなこと言うからだろ!」
今にも実力行使に出そうなリーヴァさん。めっちゃ詠唱してるし。なんだか知らないけど魔法陣みたいなエフェクト出てるし。
多分だけど、人に向けていいものじゃない気がする。
ああ、左腕を失ってまでして拾った命。たった一度の失言で捨てることになるとは。
女性に年齢関係のことは言っていけない。来世では肝に銘じよう。
「もうっ、あんた達リーヴァに年齢のこと言ったでしょ」
死を覚悟した瞬間、孤児院の職員と思われる少女が俺たちとリーヴァさんの間に立ちはだかった。
「ばか!君まで巻き込まれるぞ!」
「あーー、大丈夫だから。まあ見てて」
少女は俺たちに背を向けたままリーヴァさんに近づいていった。
そしてーーー
「よしよーし、リーヴァはいい子だね」
なんとリーヴァさんを抱きしめ、頭を撫で始めたのだ。
頭がおかしくなったのかと思ったが、頭を撫で始めて数秒もしないうちにリーヴァさんの怒りはみるみるうちに収まり、なんと少女に顔をうずめて甘え出した。
その姿はまるで大きい赤ちゃんであり、いくら容姿端麗なリーヴァさんでも見てられなかった。
「リーヴァは、長く生きてることをコンプレックスに思ってるから、反対にこうして子ども扱いしてあげることで、治るのよ」
「そんなんでいいのか、リーヴァさん......」
「もかの中でのリーヴァの評価、変わった」
漫画やアニメではエルフは誇り高い種族なのが相場だが、この世界ではそうではないのか......。
はたまた、誇りが高いゆえの反発衝動なのか。
とにかく、少女のおかげでことなきを得た。
「助けてくれてありがとな。俺は能見颯。あんたは?」
「私は斉藤愛香よ。はやてって、あなたも日本人?」
斉藤愛香と名乗った少女が抱きしめているリーヴァさんを離しこちらを向いた瞬間、思わず目を見開いた。
その容姿が、俺たちが探している大切な家族に瓜二つだったからである。
「奈月......!」
「なつねぇ!」
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