第5話「休息」
目が覚めると、見慣れない天井だった。
「やてにぃ......!やっと起きた」
「萌花、ここは?」
「ここはやてにぃともかの新しい家。王様がくれた」
「そっか、俺たちの家か......」
萌花はつきっきりで俺のそばに寄り添ってくれたらしい。目の周りは大きく腫れていて、散々泣いたのが見てとれた。
萌花によると腕を切断して気を失った俺は、治療された後、この家に運び込まれたのだという。
ちなみにこの家は王様にいただいたものだそうだ。なんでも、この国には異世界人の一定水準以上の生活を保証する法律があり、それに則ってこの家とわずかな金銭を恵んでもらった。
かつての家と比べると随分みすぼらしいが、それでも無いよりはマシだ。
「やてにぃ、腕、痛くない?」
「ああ、痛くないよ。切られた時も、麻酔が効いてて、全然痛くなかったしな」
「......ほんと?」
「ああ、ほんとうだ」
精一杯の、作り笑いをした。
萌花に余計な心配はかけられない。
「なら、よかった......」
納得していない様子の萌花。
俺の嘘はバレているかもしれないが、それでも萌花はそれ以上は追求しなかった。気を遣ってくれたのだろうか。
「やてにぃ」
「なんだ、萌花」
「ぎゅーして」
「......ああ、もちろん」
萌花の要求に応えるためにベッドから起き上がろうとしたが、よろけて再び倒れ込んでしまった。
左腕がなくなり、バランスが取れないのだ。萌花が心配そうに見つめる。
今度は右腕を支えにし、なんとか起き上がった。少しでも動いたら転びそうだ。
「萌花、おいで」
左腕を切断された痛みも、こんな世界に放り出された不安も、考えうる全ての負の感情を押し殺し、萌花に微笑む。
そして俺は、右腕だけで萌花を抱きしめた。
「......へたくそ」
「......」
「でも、今はこれで許す」
俺の肩に顔をうずめる萌花。
それは抱擁と呼ぶにはいささか拙いものだったが、それでも萌花の顔は満足そうだった。
両腕で思いっきり抱きしめてやれないやるせなさを感じつつも、ひとまずの休息に安らぎを覚えた。
♢♢♢
一休みした後、俺たちは当面の食料を調達すべく、街へと出かけた。
「もう、もか一人でも行けるのに」
「絶対にダメだ。ここが日本でも一人で出歩かせたくないくらいなんだから」
「......やてにぃのけち」
俺の隣をてくてくと歩きながらも、頬を膨らませる萌花。
萌花は当初、左腕を失った直後で歩くのに慣れていない俺のことを気遣い一人で行こうとしていた。
いまだにふらつきはする。しかし、歩くだけなら問題ない。
気持ちはありがたいが、何が起こるかわからない異世界で萌花を一人にするわけにはいかない。
「それにしても、俺たち本当に異世界に来ちゃったんだな......」
「もか、こんなにワクワクしないお出かけは、初めて......」
「奇遇だな、俺もだよ......」
辺りを見回しても、明らかに日本人とは違う顔つきで、服装も布や毛皮で作られたものを身に纏っている者が多い。
それに先ほどから俺たちを苛ませるのは、道ゆく人たちの視線だ。
アジア人がヨーロッパに行くと、好奇の目で見られることがあるというが、それに近い。いや、下手したらもっとひどいかもしれない。
その視線の原因は、食材を購入しようと露店の店主に声をかけると明らかになった。
「おっちゃん、トーマ二つくれ」
街の露店で、トーマというトマトに似た野菜を二つ頼んだ。
「......800フレムだ」
「おいおい、どっからどう見ても、ここに一つ100フレムって書いてあるんだが!?」
「やてにぃ、これっていわゆる、ぼったくり」
「いらねえなら帰りな。異世界人に定価で売るお人好しは、ここら辺にはいねえよ」
疑いようのない差別。
街の人たちは、俺が隻腕だからジロジロ見ていたのではない。異世界人に対して差別的な意識を持っているからだったのだ。
この国には異世界人を保護する法律があり、俺たちはその法律に救われた。だが、法律はあっても、国民はまだまだ異世界人への理解は進んでいないといったところか。
「わかったよ。800フレム払うから、その代わり質問に一つ答えてくれ」
「ちっ、なんだよ」
「俺たち以外に、異世界人を知っているか?」
露店のおっちゃんは、不承不承といった様子で答えた。
「知らねえよ。ただ、街外れにある孤児院に行けば、誰かしらには会えるかもな」
「町外れの孤児院ってどこにあるんだ?誰かしらって、そこに異世界人がいるのか?」
「おっと、質問は一つの約束だぜ。異世界人が店の前にいたら商売上がったりだ。さ、帰った帰った」
俺たちは追い出されるように露天を後にした。
♢♢♢
その後も食材を買うために様々な店を回ったが、どこも反応は同じで、定価以上の代金を要求してきた。
高いお金を払いながらも、孤児院の情報を地道に集めたところ、いくつかのことが判明した。
孤児院は街の南に少し行ったところにあり、街の孤児たちがそこで育てられるということ。
孤児院の運用費は国が負担しているが、孤児院で働きたい人がおらず、常に人手不足だということ。
街で仕事が見つからない異世界人が、しばしば孤児院で働くということ。
俺たちはひとまず、その孤児院に行き情報収集をすることにした。
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