第4話「罰」
「ほう......賢者が残した法か」
アルフレム王は、手を顎に置き考え込んだ。
このまま死刑になるしかないと思われたが、起死回生の一手になるかもしれない。
「先ほど尋問したところ、彼は異世界人と見て間違いありません。その場合、アルフレム王国憲法第21条第3項『異世界人による犯罪行為は、それが初犯の場合に限り、恩赦を与える』が適用されるかと」
「デュークがそういうのならば、彼を異世界人と見て間違いないだろう」
どうやら、俺が異世界から来たということを、アルフレム王も信じてくれたらしい。
それにしても、どうしてそんな異世界人を救済するような法律があるのだろう。まあいい。これで俺にも恩赦が与えられ、晴れて自由の身になるのだ。
解放されたらまずは、萌花に謝ろう。さっきはひどいことを言ってしまった。
「いいだろう、それではアルフレム王国憲法第21条第3項を適用し、ノウミハヤテに恩赦を与える!」
俺はその言葉に安堵した。紙一重だったが、なんとか生きていられそうだ。
チラと萌花を見ると、嬉しそうな顔をしていた。
「恩赦を与えた結果、ノウミハヤテを断腕形に処す」
「へ?」
だんわんけい......?なんだそれは。恩赦なんだから無罪放免にはならないのか。
訳がわからず固まっている俺の様子を見て、デュークが補足してくれた。
「恩赦と言っても、刑罪の全てがなくなるわけではない。基本的には軽くなるだけだ。本来であれば貴様は死刑だった。それが、腕が一本なくなるだけで済むのだから、安いもんだろう」
なるほど、腕を切断するから断腕刑か。なんとも悍ましい刑罰だ。
腕が一本なくなるだけ。デュークはそう言った。現代日本という音質育ちの俺と、こんな異世界で剣に明け暮れてそうなデュークと比べられたら敵わない。
思考のほとんどが腕をなくすことへの恐怖で埋め尽くされそうになったとき、妹たちの顔が浮かんだ。
切断への恐怖は、俺の心を奮い立たせる勇気へと変わった。
そうだよな、俺がちょこっと痛いのを我慢すれば、萌花は助かるし今後も妹たちを守ることができる。
「いいさ、腕の一本くらいくれてやるよ。その代わり、こことは違う場所でやってくれ」
萌花に、兄の腕が切断される様子など、絶対に見せるわけにはいかない。
周りの兵士とデュークが俺を別の部屋に連行しようと動き出した。
だが、そうして王の間を後にしようとする俺の前に、萌花が立ちはだかった。
「やてにぃ、だめ!」
涙を浮かべた萌花。
「......どけよ」
萌花と目を合わせることなく、限りなく冷たい声でそう告げた。
「どかない!」
「っ!!」
大きな声を出した萌花が珍しくて、思わず萌花の方を見る。
涙で顔はぐちゃぐちゃだが、視線は真っ直ぐこちらを捉えている。
「やてにぃの腕がなくなったら、誰がもかのことをお姫様抱っこしてくれるの......!誰がもかの髪を乾かしてくれるの......!誰が......もかのことを抱きしめてくれるの......」
バカヤロウが。なんのためにあんな小芝居打ったんだよ。
そんなことしたら、俺と萌花が仲間だってバレるだろ。
ほら見ろ。周りの兵士たちが、「やはり仲間だったか」とざわついている。
どうせばれたんだ。もう、家族じゃない振りはしなくてもいいよな......?
「そんなの、何回でも俺がお姫様抱っこするし、髪も乾かすし、抱きしめてもやるよ。片腕でもできるようになるまで、何回でも練習する。萌花は片腕の俺は嫌いか......?」
「嫌いなわけない......もかは、やてにぃの顔も声も体も全部好きだけど、一番好きなのは、”心”だから......!」
萌花が目を細めて笑った。その笑顔さえあれば、どんな痛みにも耐えられるな。
「待ってろよ。ちゃちゃっと終わらせてくるから」
萌花は道をあけてくれた。彼女もまた覚悟を決めたのだろう。兄が隻腕になる覚悟を。
♢♢♢
王の間を出て、俺はすぐ隣の部屋に連行された。デュークが腰に下げた剣を抜き取る。
この部屋で俺の腕を切り落とそうというのか。
だがこの部屋はまずい。少しでも声を上げたら、隣の部屋にいる萌花に聞こえてしまう。
「なあ、この部屋じゃないところで、やってくれないか」
「それは無理だ。この部屋で執行することに意味がある」
なるほど、先ほどの会話で俺と萌花が何かしらの関係者だと見抜いたこいつらは、俺が腕を切断されて苦しむ声を聞かせることを、萌花への罰にしたのだ。
わかったよ。その挑戦、受けてたつ。大事な妹に兄が苦痛に悶えて苦しむ声など、絶対に聴かせない。
お兄ちゃんは妹の前では泣かない。
人間が生まれる遥か昔から、そう決まっているんだ。
兵士が俺の左腕の根本を、布で堅く縛る。兵士たちの指示に従い、俺はテーブルに左腕を投げ出した。
歯を食いしばり、目を閉じた。
デュークが剣を振りかぶり、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。
その瞬間、俺の左腕が宙に舞った。
「……っ、は……っ……!」
まごうことなき激痛が走る。
歯を食いしばる。歯茎から出血したのか、血の味がする。喉の奥から込み上げてくる悲鳴を必死で飲み込む。
切断面からは血がブシュブシュと吹き出し、次第に痛みは全身を駆け巡る。
泣き叫びたい。そう思うたびに、先ほどの萌花の笑顔を思い出して、理性を保つ。
隣には萌花がいるのだ。萌花に兄の悲鳴を聞かせるわけにはいかない。
痛い。耐えろ。もう嫌だ。耐えろ。泣き叫びたい。耐えるんだ。屈したい。ここで折れてどうする。意志を強くもて。お前は、妹たちを守るんだろ!
そんな言葉が頭の中を無数にこだまする。
「もう十分だ。眠らせてやれ」
遠のく意識の中で、デュークが兵士にそう命令したのがきこえた。
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