第3話「王の間」
牢屋から解放された俺は、デュークに連れられて城内を歩いていた。
「なあ、デュークさんよ。どうして俺を解放してくれたんだ?」
「まだ完全に解放したわけではない。それに、理由は時期わかる」
どうにも焦ったいな。教えてくれればいいものを。だがなんとか死刑は免れそうだ。
先ほどデュークは、俺のことを「哀れな異世界人」だと言い、縄を解いた。
おそらくはそれが絡んでいるのだろう。とにかく、いち早くこんなところ抜け出して萌花たちを探しに行かなければ。
♢♢♢
城の中を数分間歩き、俺は広大な空間が広がる部屋に連れられていた。
天井は遥かに高く、大きな柱が聳え立ち、部屋の左右には甲冑に身を包んだ兵士たちがずらりと並ぶ。
至る所に金の装飾が目立ち、中央に敷かれた赤い絨毯の先には、荘厳な椅子が待ち受ける。
そしてその椅子には、ある人物が座っていた。
「アルフレム王、例の人物をお連れしました」
俺が殺したと嘘をついた人物、この国の王様だった。デュークは王の眼前で跪き、忠誠を示している。
なんとなく俺もデュークに倣い、王に対して跪く。
顔を上げ、恐る恐る王の顔を見る。
目が合った瞬間、背筋が凍りついた。威厳のある目元から放たれる鋭い眼光に息をするのも忘れ、無意識のうちに体が震えていた。
国を治める長としての威厳や矜持。国民を守るものとしての責任。
何十年何百年と積み重ねてきた国の重みが、彼の背中にずっしりとのしかかっているように感じた。
「お主が、我を殺したと嘯いた愚か者か」
その顔には軽蔑と怒りの念が入り混じっていた。
「あ、あぁ。確かに愚か者かもしれないが、俺にはちゃんと能見颯っていう名前があるんだ。覚えといてくれよ」
精一杯虚勢をはる。額に滲んだ汗が目に入るが、それを拭っている余裕はない。
ああくそ、こんなにビビったのは生まれて初めてだ。
「そうか、どうせ死ぬやつの名前などいちいち覚えてられん」
「え?どうせ死ぬって、どうゆうことだよ......!」
「八つ裂きの刑と火炙りの刑、どちらが良いか選ばせてやる」
「っ!!」
どうやら俺の死刑は確定していたらしい。
デュークのやつ、縄を解いてぬか喜びさせやがって。
妹たちをこんなわけのわからない世界に残したまま、死んでたまるか。なんとかして逃げられないかと、状況の把握に努める。
俺のすぐ右には明らかに実力者なデューク。そして部屋の両端には大勢の兵士たち。
扉は後方にあり、今いるところからはおよそ20メートルほど。幸か不幸か、扉の前には兵士はいない。
20メートルならば、デュークの虚をつくことさえできれば逃げ切れる。
デュークの様子を横目で探りつつ、時を見極める。
「アルフレム王、発言の許可を」
「なんだ、デューク・シュベルトよ」
よし!今だ!
デュークの意識が王に向いている隙に逃げ出す。
両足に渾身の力を込め、地を蹴ったーーーはずだった。
「くっ!」
「ノウミハヤテ、余計なことはするな」
俺は立ち上がる間もなく、デュークに組み伏せられていた。
今の反応速度、人間じゃねえ。こんなやつが近くにいたら、到底逃げ出すことは叶わないじゃないか。
何か、何か他の方法を考えろ......!
「失礼します!!!」
俺が死刑を免れる方法を考えていると、一般兵士が王の間の扉を開けた。
「ノウミハヤテなる人物を探していた人物を拘束しました!ほら、入れ!!」
「いやっ」
兵士に乱暴に扱われ、王の眼前に放り出されたのは萌花だった。
顔から血の気が引いていくのがわかった。
俺が死刑になってまで犯罪を犯したのは、萌花を守るためだ。それなのに萌花もこうして捕まってちゃ、俺がしたことに意味はなくなる。
萌花が俺の家族だということがわかれば、萌花まで死刑になってしまうかもしれない。
そんなこと、絶対にさせるか。
「よかった......やてにぃ、無事だった。もか、やてにぃのこと街中探し回った。そしたら兵士さんが、心当たりあるかもっていうから、着いてきた。ていうか、やてにぃから離れて」
萌花が誇らしげな顔でそう告げた。
デュークは「もうバカな真似はするなよ」と呟きながら俺を押さえつけていた手を離す。
周りの兵士は、「やはり仲間なのか......」と話している。
よく見ると萌花の制服は泥だらけで、手足には擦り傷がたくさんついていた。
ありがとな、萌花......。萌花は体力がないからこんな時間まで探すのは大変だったろう?
いつもそそっかしいから、たくさん転びもしただろうな。
家族以外には極度の人見知りをするお前が、街の人に聞き込みして、デュークに物申した。
末っ子で甘えん坊だったのに、いつの間にかそんなに成長したのやら。
(俺たちはずっと家族だよ、萌花)
「やてにぃって、誰のことだ?こいつは何故か俺のことを知っているようだが、悪いが俺はこいつのことは知らない。こんな小さくて弱っちいやつ、俺の仲間じゃないね」
ああ、わかってくれ、萌花。
「やてにぃ......?どうしたの??」
「気持ち悪いんだよ。変な呼び方で俺のことを呼ぶな」
確実に萌花を傷つける言葉を選び、紡いだ。
萌花の顔に明らかな動揺が浮かぶ。
ごめんな。本当はこの呼び方、すごく気に入ってるんだ。「やてにぃ」って呼ばれるたびに、萌花の兄であることを思い出して、俺は幸せな気持ちでいっぱいになるんだ。
だからまたいつか、そう呼んでくれると助かる。
「もう、わかんない......っ、ひぐ……っ」
萌花は泣きだした。俺が泣かした。絶対に守ると誓ったのに、泣かしてしまった。
俺も泣き出しそうになるが、手の甲を強くつねり、悲しい感情を押し殺す。
「いいか、王様さんよ!俺とこいつは仲間でもなんでもねえ。だから殺すのは俺だけにしな。俺にだって犯罪者としての矜持がある。見ず知らずの奴に死なれてたまるか」
辺りに静寂が広がる。横目で萌花を見ると、口を押さえて声を押し殺すように泣いていた。
おそらく俺の真意に気付いたのだろう。
「ノウミハヤテ、覚悟を決めたところ悪いが、貴様が死刑になることはない」
そんなデュークの一言に、部屋中の兵士たちがざわつき出した。
「どういうことだ、デュークよ」
アルフレム王が疑問を投げかける。
「彼は異世界人です。あの法律が適用されるべきかと」
「ほう......賢者が残した法か」
デュークの一言がきっかけで、俺の運命に一筋の希望の光が差し込んだ。
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