第2話「投獄」
目が覚めるとそこは、見慣れない街の広場だった。中世ヨーロッパ風の街並みに、行き交う往来。
目に映るのはヨーロッパ人のような顔立ちの人ばかりだが、服装はなんとも古臭い。どこだここ?現代でこんな国があるだろうか。状況をはっきりさせるために、今ここにいる経緯を思い出す。
たしか、朝食を食べていたら急に家の中が光り出し、そのあと俺たちは身動きが取れなくなって意識を失った。
「そうだ、胡雪たちは!?」
俺は確かにあの時、誰かの手を掴んだ。それが誰だったかはわからない。
辺りを見回す。
欧米風の顔立ちの中に、妹たちのような純日本人がいればすぐに気づくはずだ。
どこだ、どこにいる。
俺が必死に妹たちを探していると———
ヒヒイイン
猛々しい馬の鳴き声が広場中に轟いた。
音の出所に目を向けると、そこには長い黒髪が特徴的な小さい少女が倒れていた。
「萌花!あんなところにいたのか……なに!?」
萌花が見つかったと安心したのも束の間、萌花の元に騎馬隊が近づいていた。速度が速い。どうやら、萌花には気づいていないようだ。
萌花の方もまだ気を失っていて、騎馬隊の接近に気づく様子がない。
(このままでは萌花が轢かれてしまう)
最悪の予想が頭によぎる。
あんなに屈強な騎馬に轢かれたら、体の小さい萌花はひとたまりもないだろう。この距離からでは今から走っても萌花には追いつかない。
どうする、どうする、どうする!?
パカラパカラと騎馬隊が快速で萌花に迫る。
もう萌花とは目と鼻の先だ。
仕方がない。ここがどんな国なのかは知らないが、いちかばちかあの方法に賭けてみるか……。
「おい!そこの猪突猛進脳なし騎馬兵ども!!この国の王様は、俺が殺してやったぞーー!!!」
ヒヒイイン!!
馬たちに急ブレーキがかかる。
よし、賭けは成功だ!!
この国が王国なのか共和国なのかはわからなかったが、どうやらあの様子を見るに前者だったらしい。
そりゃ王様を殺したなんて言われたら、忠義者な騎士様たちは止まらざるを得ないだろう。
「あの不敬をはたらいた逆賊を捕えよ!!!」
「「「御意」」」
騎馬兵たちが一斉に方向を変え、こちらに向かってくる。
屈強な肉体に鋼鉄の鎧。それが何十と連なり、車ほどの速度でやってくる。俺は生まれて初めて、命の危険を感じた。
死ぬのは怖くないが、妹たちを置いて逝くのは、俺自身が許さない。
今俺が生き残るために最善の行動を、騎馬兵が到着する残りわずかの時間で必死に考えた。
考えた結果———
俺は大人しく捕まることにした。そのまま俺は騎馬兵に拘束され、城の牢屋に投獄された。
♢♢♢
じめっとした匂いに、薄暗い部屋。大きさは6畳ほどだろうか。先ほどから足元をネズミだかムカデだかが這いずり回っている。
ロープで拘束された手足がじんわりと痛み、血が滲んでいる。
硬い地面に座らされているからか、お尻や腰も痛み、喉はカラカラだ。
正確な時間はわからないが、窓に差し込むのは月明かりなので、投獄されてから相当の時間が経っていた。
「なあ、いつになったら出してくれるんだ?」
退屈しのぎに見張りの兵士に尋ねる。
「逆賊め、黙っていろ。あのような不敬をはたらいたものに待ち受ける結末など、死刑以外にあるまい」
兵士は怒りと軽蔑が混じった視線を俺に向けながら、そう告げた。
想定内の返答ではあったが、考えうる想定の中では最悪の返答だ。このままでは本当に殺されてしまう。
もちろん、あのままでは萌花が轢き殺されてしまっていたので、捕まったこと自体に後悔はない。だがしかし、妹たちを残して死ぬわけにもいかない。
どうしたものか。
轢かれそうな萌花を助けるために、仕方がなく嘘をついたと、正直にいうか……。いやだめだ。正直に言っても嘘だと一蹴されてしまうだろう。
それに、俺が話したことで萌花も逆賊の仲間だと疑われて、捕らえられてしまうかもしれない。
それだけは避けなければ。
「気分はどうだ?大罪人」
俺が考えを巡らせていると、如何にも偉そうな奴が部屋の中に入ってきた。
見張りの兵士が、「お疲れ様です、デューク団長!」と恭しく敬礼をしている。
「ちっ、こんなところに入れられて気分がいいわけないだろ。虫は湧いてるし、床も硬い。それにあんたら、強く締めすぎだよ。手首から血が出てやがる」
「そうか」
あまりの反応の悪さに、俺は思わずため息をつく。
「それだけかよ。コミュニケーションの基本はキャッチボールから。母ちゃんに教わんなかったのか?」
デューク団長とやらは素知らぬ顔で無視を決め込む。なるほど、俺と雑談をしにきたわけではなさそうだ。
それならば、一体彼は、なんのためにここにきた?
なんの団長かは知らないが、団長ほどの偉い人が来たのだ。
すでに死刑が決定して、今からそれを実行に移す。その可能性が最も高いかもしれない。
(このままでは、妹たちを置き去りにしてしまう……)
すぐそこに迫っている死に心臓の鼓動が早くなる。
いつの間にか汗で全身がびしょびしょになっていた。
「貴様、名前はなんという?」
デュークは真っ直ぐ俺を見つめていた。
殺す前に、名前くらいは聞いておこうってか。
「能見颯だ」
「ノウミハヤテ?奇妙な名前だな」
「母さんにもらった大事な名前だ。バカにすることは神様だって許さねえぞ」
「まあ落ち着け。馬鹿にしているわけではない。ただ珍しい名前だっただけだ」
デュークは真っ直ぐ俺を見つめる。確かに馬鹿にするつもりはないように思えた。
「ハヤテ、ここがどこか知っているか?」
デュークは再度俺に質問する。
「どこってそりゃ、牢屋の中だろ」
「そうではない。この国がどこか尋ねているのだ」
「そんなこと知らねーよ。俺は今日初めてこの国に来たんだ。それも自分の意思とは関係なく強制的にな」
こんなことを聞いて何をしようっていうんだ。どうせ俺を殺すつもりのくせに。
思わず出かかった悪態を飲み込み、デュークの次の言葉を待つ。デュークは「やはりそうか……」と呟き、勝手に納得していた。
「それでは最後の質問だ。チキュウを知っているか?」
「知っているもなにも、俺たちが今いるのが地球だろ?」
突飛な質問に戸惑いながらも、常識的な返答をする。
デュークは重々しい空気をまとい、次の言葉を紡ぐのが憚られるかのようだ。
何かとても言いづらいことを、口にしなければならないような。
「——残念ながら、ここは地球ではない」
「へ?」
自分でもずいぶん間抜けな声が出たと思う。デュークは何を言っているのだ。天の川銀河があって太陽系があって地球がある。
それが俺たちの住む世界の常識だ。ここが地球じゃないっていうなら、異世界とでもいうのか。
ふとここに至った経緯を振り返る。
突然謎の光に包まれて気を失い、目覚めたら見ず知らずの場所。
現代にはそぐわない街並みに騎馬兵たち。
そんなばかな、とも言えないようなことばかり起こっていた。
「見張り兵、縄を解いてやれ」
この現状を受け止めきれないでいると、デュークが見張りの兵士に指示を出した。
「——し、しかし、いいのですか!?」
見張り兵の困惑は当然だろう。
どうしてデュークはいきなり俺の拘束を解くことを許可したんだ?
デュークは今までで最も真面目な顔でこう言い放った。
「ああ……彼は哀れな異世界人だ」
ありがとうございました!
感想はとても励みになります!!