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第11話「再度王城」

 傷口にはしる激痛で目が覚める。見覚えのない部屋を見渡す。日の光は注がれず、月明かりとオイルランプが部屋を照らすばかりだ。壁にかかった深緑のタペストリー、中央に敷かれた紅の絨毯、天蓋付きのベッドといったいかにも高級そうな品が目に入るが、俺の意識は一人の女性に注がれた。

 

「愛香」

「颯!気がついたのね!!」

「ああ、ここはどこなんだ———ってそれより、みんなは無事なのか!?あの後どうなった!?」

「みんな無事よ、あんたのお陰でね」

「そうか……本当によかった」


 ろくに剣術も魔法も使えない俺が、自らの腹を割くことで守ることができた。萌花、リーヴァさん、愛香、孤児院のみんな。今回も紙一重でまたもや重傷を負ったが、俺の身体が傷つくのと萌花が危険な目に遭うのでは、遥かに前者がマシだ。

 愛香曰く丸一日意識が戻らなかったらしいが、目が覚めて一番に遭うのは愛香ではなく萌花だと思っていた。


「まさか、ずっといてくれてたのか?」

「……私が貸したダガーのせいで、颯は怪我をしたのよ。私がそばにいなきゃ、おかしいでしょ」

「愛香が気に病むことじゃないよ。全部俺が勝手にやったことだ」

「だとしても、あんたが苦しんでるのに、私だけのうのうと休むことはできない。それを許せる人間になってしまったら、終わりだと思うから」

「そっか。ありがとな、愛香」

「どういたしまして」


 強い子だ。俺の怪我について、愛香が責任を追うところは一つもない。それなのに、こうして俺のそばにずっといてくれた。そうすることが愛香にとっては当たり前で、疑う余地のないものだったのだ。愛香の価値観だとか倫理観だとか信念といったものに、少しだけど触れた気がした。


「それより、どういうことか説明してよ。どうして群魔犬は急にあんたのところに寄ってったわけ?」

「ああ、それなら血の匂いだよ」

「まさか、あんたの血の匂いに誘われたって言うの?」

「そのまさかさ。賭けではあったけどな。群魔犬の戦い方を観察した時、基本的には連携をとって行動してるように見えたんだけど、ちらほら連携が乱れていた群れがあってな。そこを注視したら、何体かは負傷者を深追いしていたんだ。もしや、血の匂いに引かれて連携が疎かになってるんじゃないかって思ってな」


 群魔犬といえど、元は犬であることに変わりはない。犬の嗅覚は鋭く、警察犬のように訓練された犬でもなければ、強烈な血の匂いは十分に判断を鈍らせる。もちろん魔物だからその弱点を克服している可能性もあったが、そこは賭けに勝ったということだ。


「群魔犬にそんな弱点があったなんて……気づきもしなかったわ」

「それは戦いの最中だったんだ、仕方ないさ。みんなが戦ってくれたお陰で俺は群魔犬の弱点を見つけることができたんだ」

「そうね、そういうことにしておきましょ」


 今の俺には愛香やリーヴァさんのように戦う力はない。そんな俺でも、工夫すればみんなの役に立つことができるのだ。結局群魔犬を引き寄せた後の処理はリーヴァさんたち頼みだったわけだが。


「それで群魔犬が俺に寄ってきた後は、みんなで魔法を放ったのか?」

「いいえ、リーヴァ一人で片付けたわ」

「さすがリーヴァさんだな」


 群魔犬の群れを同時に倒さなければ無限に再生するという特性がなければ、リーヴァさんは奴らを圧倒する力を持っていたわけか。


「ちなみに相当怒ってたから覚悟したほうがいいわよ」

「そっか……」


 自分の腹を裂き囮になるという無茶な行動をしたことに怒っているのだろうか。リーヴァさんにも、心配をかけてしまったな。


 その後愛香から事の顛末を詳しく聞いた。

 リーヴァさんが大規模魔法で群魔犬を一掃した後、群魔犬の出現を聞きつけたアルフレム王国騎士団がやってきた。その後、負傷者は騎士団によって街の病院に運び込まれたが、なぜか俺だけは王城に連れられたらしい。俺についてきてくれたのが、愛香、リーヴァさん、萌花の3人だ。因みに萌花はずっと俺のそばにいたが、ついさっき眠ってしまったので、リーヴァさんが部屋に連れて行ってくれたのだという。

 それにしても、どうして俺はわざわざ王城に連れてこられたんだ?まさか、固有魔法のことがバレたとか……


「失礼する」


 ドアの方からどこかで聞いたような声が聞こえ、そちらに視線を送る。そこには俺の左腕を落とした超本人であるデュークがいた。

 背後にはリーヴァさんの姿もある。


「王国騎士団が来たって聞いたからもしやと思ったけど、やっぱりあんたがいたんだな、デューク。今度は俺の右腕を落としに来たのか?」

「私は無意味な殺生はしない」

「はっお堅い騎士団長さんだな」


 デュークはその甘いマスクに似合わず、相変わらずの無愛想だ。


「デュークさん、ごめんなさい。まず私に彼と話させてください」

「ええ、もちろんです」


 リーヴァさんが肩で風を切り近づいてきた。その顔は真剣そのもので、思わず俺は姿勢を正す。

 そうだ。まずはリーヴァさんに謝ろう。リーヴァさんは謝れば許してくれるはずだ。そのあとは、俺が群魔犬の弱点を見抜いた話をして、褒めてもらおう。


「リーヴァさん、心配かけてごめんなさ———」


 バチん、と音が響いた。直後、左頬に痛みがじんわりと広がる。リーヴァさんの右手は赤くなっていた。


(そうか、リーヴァさんに叩かれたのか……)


「リーヴァ!何もそこまでやらなくても……」

「リーヴァさん、ごめん……」


 リーヴァさんが今どんな顔をしているのか、俺にはとても確認できなかった。怒っているのだろう。以前も失言から怒らせてしまった時があった。でも今回は、あの時とはまた違う気がする。

 左頬の痛みはある程度引いたはずだが、どこか別のところがズキズキと痛んだ。

 

「……ハヤテくん、どうして……こんなこと、したの……っ」


 リーヴァさんの声は震えていた。俺は驚きのあまり顔を上げる。


「……!!」


 その顔は俺が想像しているものとは正反対のものだった。涙やら鼻水やらいろいろな液体でぐちゃぐちゃに歪んでいる。普段毅然とした態度のリーヴァさんの泣き顔に、やるせない気持ちでいっぱいになる。


「どうしてって、あのままだと、みんなが危なかったし……それに俺が怪我したところで……」


 デュークがいる手前、固有魔法のことは話せないから、言葉を濁す。


「そんな何の保証もないことに、自分の命を危険に晒さないで……」

「はい……ごめんなさい……」

「それに、ハヤテくんが言う()()()に、ハヤテくん自身のことは入ってないの……?ハヤテくんがモカちゃんを守りたいのと同じように、私だってハヤテくんを守りたいし、モカちゃんだって同じ気持ちだよ……その想いを、もっと尊重してほしい……」


 頭を鈍器で殴られる感覚、とはこのことなのだろう。

 俺が今まで指標にしていた価値観が崩れ去る音がした。


「リーヴァさんの言うとおりだ……俺は今まで、妹たちを守れれば俺の身はどうなってもいい。俺が死んでしまったら守ることはできないが、命さえあれば守りようはある。そう考えてたんだ。だけど、逆の立場で考えてみたら、こんなんダメだよな。胡雪や奈月や萌花が、死ぬつもりはないにしても毎回重傷を負って俺のことを守ってくれる。そんなの、想像しただけで気が狂いそうだよ。———俺は妹たちのことが大好きだ。そしてそれは逆もまた然りだと信じている。信じているのなら、俺が怪我をした時に萌花たちがどう思うか、もっとしっかり考えるべきだった……」


 今の率直な気持ちを述べる。妹たちを守るだけではない。妹たちが心配する自分も守る。そんな風に、決意を新たにした。


「そうね、わかってくれればいいのよ」


 リーヴァさんはにっこり笑う。いつもの優しく穏やかなリーヴァさんだ。


「でも、どうしてそこまで俺のことを想ってくれるんですか?」

「地球からやってきたハヤテくんたちはもう、私の子どもみたいなものよ。母が息子のことを想うのに、何か特別な理由がいる?」

「はは、リーヴァさんには敵わないや……」


 リーヴァさんは優しく俺にハグをした。リーヴァさんの胸の中は、母と似ていた。全てを包み込むような暖かさ。どんなに辛いことがあっても安心させてくれる匂い。

 五年前に母さんが他界してから感じたことのなかった感情だった。長男として、ずっと気を張っていた。胡雪、奈月、萌花、3人にとって絶対的に頼れる存在になる。何かあった時はお兄ちゃんに頼れば、何とかなる。そんな風に思ってもらえるように、ずっと努力していた。でも、そうか……今だけは、気を張らなくてもいいのかもな。


 俺はリーヴァさんの胸の中で、少しだけ泣いた。








 


 


 

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