第10話「奇策」
無限に再生を繰り返す魔物はその勢いを留めることを知らない。
なにか打開策はないかと、リーヴァさんに駆け寄る。
「リーヴァさん!このままじゃみんなやられちゃいますよ!!」
「そんなのわかってるわよ!だけど今は応戦するしかない———って、どうしてハヤテ君がここにいるの!?」
「後でしっかり謝るので!!だけど今はこの状況をどうにかしないと!」
俺の出現にたじろぎながらも、魔法を放つことはやめないリーヴァさん。意識が一瞬俺に向いたからなのか、背後に隙ができる。魔物がその隙を見逃すはずがない。その健脚を活かし、4本足でリーヴァさんに飛びかかった。
「リーヴァさん!後ろ!」
「小火球!」
愛香がその危機を察知し、間一髪のところで助かる。
「危ないところだったわ。ありがとう、愛香ちゃん」
「ちゃんと後ろにも気をつけなさい。ていうか、どうして颯がここにいるわけ?あんた死にたいの?悪いけど、守ってあげる余裕ないから」
「その必要はない。俺はみんなを守るために来たんだ」
「あっそ。なんでもいいけど、そこで大人しくしてて」
そうだ。俺はみんなを守るために来た。何か俺にできることはないか?戦況をよく観察しろ。襲ってきた魔物は犬型で、その数は100は下らない。それが5〜6頭単位に分かれて、各戦場で戦っている。互いに連携をとっているところをとると、多少の知性はあるとみた。
ん?なんだこの違和感は。連携を取れる知性があるのに、一部でちぐはぐな攻撃が起きている。負傷をした職員をわざわざ大勢で追って、かえってそれが大きな隙を生み出している。弱っている獲物を先に仕留める魂胆か……いや、それにしてもおかしい。
「ははっそういうことか……!」
弱点を見抜いた。魔物とはいえ、所詮は犬であることに変わりはないようだ。あとは再生する能力さえ看破できれば、この弱点を突いて勝てる。
「リーヴァさん!こいつらの再生能力って、本当にどうしようもないんですか!?」
「方法がないこともないけど……相当無理があるわ」
「なんでもいいです、教えてください!」
どんなに無茶なことでも、今はその方法に縋るしかないのだ。
「……わかったわ。この魔物の名前は群魔犬というの。群魔犬と言われる由来は群れて行動して、群れが倒されない限り、各個体も倒されないという特性ゆえ。つまり目の前の個体を倒すには、群れを同時に倒すしかないのよ」
「それじゃあ、俺がこいつらの注意を引くので、リーヴァさんたちは大火力魔法を用意しといてください!」
「ちょっと!一体どうするつもり!?」
「今はまだいえないです。あ、それとなにかナイフみたいなの借りれませんか?」
「そういうことなら、これを使いなさい!」
群魔犬と戦いながら俺たちの会話を盗み聞きしていた愛香が、懐から小さいダガーを俺に投げ渡した。
「何をするつもりかは知らないけど、信じていいのね?」
「ああ。俺を信じてくれ、愛香」
愛香は俺の目をじっと見つめて、命を賭けるのに値するのかどうかを見定めているようだった。奈月と同じ顔だが、雰囲気は奈月よりも凛々しい。こんな戦場でも愛香は冷静で、この世界に来てからいくつもの修羅場を経験していることは想像に難くない。愛香だって日本人の女の子だったのに。
愛香も守ろう。
俺がそう誓いを立てるのは、至極当然のことだった。
♢♢♢
俺は愛香からダガーを受け取ったあと、孤児院の敷地に入ってすぐのところにある見張り台にいた。見張り台は10メートルほどの高さがある。作戦を実行するにはおあつらえ向きだった。道中で群魔犬の攻撃を何度かくらってしまい体の節々から出血しているが、むしろ作戦実行には必要な出血だ。
「思えばこの世界に来てから、敵のヘイトを集めることしかしてないな」
今の俺にできることなどそれくらいなんだから、と自分で言い聞かせる。
さあ、作戦開始といくか。
俺は空気を精一杯吸い込み、戦々恐々とした戦場に響き渡るように声を張り上げた。
「このくそ犬っころどもめ!!お前らの相手は、この俺だーーー!!!」
それと同時に、愛香からもらったダガーで己の腹を引き裂く。アドレナリンで一瞬感じなかったが、それは確実にやってくる。左腕を切り落とされた時に引けを取らない激痛。
「ぐっ、あああああああ」
脇腹からダラダラと流れ出る血が、この痛みが幻ではないことを教えてくれる。だめだ。こんな量じゃ足りない。
もっと血を流せ。俺は脇腹の中でダガーをぐりぐりと回し、肉を抉っていった。
「があああああ!!!」
右手で傷口を押さえて、少しでも痛みを和らげようとするが、全く意味がない。
血を流しすぎて意識が飛びそうになるが、限界のところで踏みとどまる。俺にはまだ、やるべきことがある。
「リ、リーヴァさん……!俺の血に誘われて集まってる間に、魔法を打ってください!!」
リーヴァさんに合図を送るため大声を出そうとお腹に力を入れるたび、脇腹から血が小刻みに噴き出す。
「ハヤテくん、あとでお説教だからね……!」
どうやらしっかりリーヴァさんに伝わっていたらしい。お説教か……そりゃ怖いな。
群魔犬たちが確かに俺の血の匂いに誘われてこっちに集まってきていることを確認して、俺は全身の力を抜いてその場に崩れ落ちた。
「リーヴァさん、愛香……あとは頼んだ……」
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