第1話「転移」
この作品は主人公が妹たちと異世界転生する話です。
お楽しみいただけたら幸いです。
まずは俺の可愛い妹たちを紹介させてくれ。
「ほら、早く起きろ」
「やてにぃ、眠い……」
「てかまず、俺のベッドにいる理由を説明してもらおうか」
俺のベッドの中に勝手に潜り込んでいるこの儚げな少女が三女の能見萌花だ。
猫の着ぐるみパジャマに身を包み、眠たげな瞼を擦りながら身体を起こす。
やてにぃというのは俺のことだ。能見颯という名前をもじってそう呼んでいる。
「あーあ、また髪乾かさないで寝たのか?あたま爆発してるぞ」
「だって昨日、やてにぃもゆきねぇも先に寝ちゃったんだもん」
「そろそろ髪の毛くらい一人で乾かせるようになりなさい」
萌花は末っ子ということもありとにかく甘えん坊だ。中学一年生にもなるのに、いまだに髪を自分で乾かせない。
萌花は大抵、俺か長女に髪を乾かしてもらう。
萌花の成長のためにならないと知りつつも、その頼みを俺はいつも断れずにいる。
「わかったから、とっとと起きて寝癖直してこい」
「んー、まだやてにぃと寝てたいの」
「はあ、仕方がないなあ」
お気に入りのぬいぐるみを抱きながら甘えた声でそう告げる萌花に、俺の心は撃ち抜かれ、今日も今日とて甘やかす。
可愛い妹にねだられたら、お兄ちゃんとして無碍にはできないよな、うん。
「よし、じゃあ気の済むまで一緒に寝ようか」
「……寝る」
今の俺の顔はだらしないことに、にやにやを通り越してにたにたしていると思うが、そんなことは気にしない。
さあ、萌花との二度寝ライフを楽し——
「楽しませません!!」
萌花を抱っこして再びベッドに潜ろうとした途端、部屋の扉が開いた。慌ててベッドのそばに立つ。現れたのは、俺の妹で、長女の能見胡雪である。色白の肌に黒髪のショートカットがよく似合う、お淑やかな女の子だ。
「もうっ、萌花ったらまた兄さんのベッドに潜ったの?そろそろ一人で寝れるようになりなさいって言ってるでしょ」
「もかが入ったんじゃない。やてにぃがもかを攫った」
「どういうこと?!兄さん!!」
「俺は無実潔白だ!!!」
胡雪が俺を上目遣いで睨め付ける。
うわ、ちょっと可愛いな。
萌花さんや、人のベッドに勝手に入るのはいいが、その罪をなすりつけるのはいただけないな。
ぷいっと俺から目を逸らし、胡雪は萌花にやいのやいのと説教を始めた。
萌花は素知らぬ顔で受け流す。
おいおい、ちゃんと聞いてやれ……。
それにしても、胡雪は長女らしく普段からしっかりもので妹たちの頼りになるお姉さんって感じだ。
いつも妹たちのことを気にかけてくれている。
おっと、矛先が変わるようだ。
「兄さんもそんなところで腕組みして後方彼氏面しないで下さい!元はと言えば、兄さんがいつまでも萌花を甘やかすからいけないんですよ」
「はいはい、悪かったよ。ちゃんと胡雪のことも甘やかすから」
「そういう意味で言ったんじゃありませんっ!」
胡雪は基本照れ屋だ。
「はあ、いつもそうですね。
普段は凛としていてかっこいいのに、妹に甘えられると急にふにゃけてダラダラして——」
「えっ、今かっこいいって?」
胡雪ははっとした表情をして、みるみるうちに顔が赤くなった。
「忘れてください!!」
そう捨て台詞を吐いて、リビングへと戻っていった。
「胡雪にまた怒られないように、俺らもいくか」
「りょーかい、やてにぃ」
俺と胡雪は手早く制服に着替えた後、胡雪をお姫様抱っこしてリビングへと向かった。
♢♢♢
「やっと来ましたか、にいさん、萌花」
胡雪は全員分の朝食を用意して、食卓に座っていた。俺と同じ高校の制服を着ている。ついこの間入学したばかりだ。
「いつもありがとな、胡雪」
我が家での料理担当は胡雪だ。毎朝早起きして美味しい朝食を作ってくれる胡雪に、俺は毎日お礼を言う。
「これくらい、家族のためを思えば当然ですよ」
胡雪は小さく微笑んだ。
「天使がいる!」
「はいはい、そういうのはいいのでさっさと食べてください」
「やてにぃ、もかはもかは??」
「んー、萌花は天使見習いってとかかな」
胡雪に軽くあしらわれつつも、俺は萌花を椅子に座らせ、朝ごはんを食べ始めた。
「そういえば胡雪、奈月はどこにいるんだ?」
「ああ、奈月ならランニングを終えて今シャワーに入って——」
「あ、にいちゃんたち、起きてきたんだ。おはよっ」
「お、ちょうど奈月の話をしてたんだよ——って、なんて格好してるんだ!」
なんと生まれたままの姿で現れたのは我が家の次女である能見奈月だ。
うん、せめてにいちゃんの前では服着ような……。
「なんだよにいちゃん、今更妹の裸見て照れんなよな。子どものころは散々お風呂一緒に入ったじゃん」
「俺はお前のためを思って言ってるんだぞ。まったく、どうして奈月だけこうも貞操観念がおかしいんだ……」
「テイソウカンネン?なんだそれ国の名前か??」
「なつねぇ、違う。食べ物の名前」
うん、自信満々にしてるけどもちろん違うからな、萌花。
それにしても、奈月は中学二年生にもなるのに、こうも恥じらいがないのは問題だと思う。
兄贔屓抜きにしても、奈月だって美人だ。
スポーツ系の活発な女の子という感じで、学校での男子人気も高いだろう。
「なつねぇ、おっぱいまたおっきくなった?」
「そうなんだよな。もう、これじゃ走りにくくてしょうがないよ」
「それにお尻の肉付きもなかなかに……んっ」
「萌花さん、もうお口閉じなさい」
問題発言する前に、萌花の口を押さえる。
貞操観念がおかしいのは萌花も同じだったか……。
「奈月、早く着替えてご飯食べちゃって」
「はいはい、ゆきねぇは母ちゃんみたいだなあ」
「え、そ、そうかな??」
「ん?何照れてるんだゆきねぇ」
俺たちの母親は5年前に亡くなっている。
胡雪はそれ以来、妹たちのお母さんの代わりになれるように努めてきたように思う。
兄の目から見ても、家事や妹たちの世話など、胡雪はよくやってくれている。
だが、そんな胡雪にだって、弱点はある。
「ところで胡雪さん、今日のお味噌汁らしきもの、どうして透明で甘いんだ?」
「え、ええと」
胡雪が恥ずかしそうに俯き、口をもごつかせる。耳が赤い。
よし、もうちょっとからかってみるか。
「ん?どうしたって?」
「——えました」
「聞こえないなー」
「だから、お味噌とお砂糖を間違えてしまったのです!!」
「いやどんな間違いだよ!味も違えば見た目も違うぞ!!」
涙目になりながら上目遣いで俺を睨み、胡雪はプンスカプンスカという効果音がつきそうなほど頬を膨らませる。
胡雪は基本的にはハイスペックだが、ごく稀にとんでもないバグを起こすのだ。
♢♢♢
胡雪のとんでもない間違いをみんなでからかいながら、俺たちは四人で朝食を囲んだ。
時には学校の話をしたり、時には昨日のテレビの話をしたり、時には何も話をしない沈黙があったり。
長女の胡雪、次女の奈月、三女で末っ子の萌花。
母さんが他界し、父さんが働き詰めになってる能見家にとって、この四人兄妹での日常すべてだった。
幸せとは何か?と問われたら、俺は迷いなくこの暮らしだと答える。
そしてそれはある意味では正解だと、確信している。
この幸せがこれからもずっと続いていく。
———俺はそう、思っていた。
キーーーン
甲高い音が鳴り出した。
突然食卓を謎の光が包み込み、リビング中のものが浮きだす。
「なんだこれは!?」
妹たちも、各々悲鳴を挙げている。
急に始まった異常現象に驚きと恐怖を隠せずにいると、その影響はどんどん広がり、次第に俺たちも浮き出しぐるぐると回転し始めた。
竜巻に巻き込まれたかのような感覚で、身体のいうことがきかない。
一体これがどういう現象なのかはわからないが、とにかく今は胡雪たちを守らなければ。
「兄さん!!」
「にいちゃん!」
「にぃに、怖い……」
「胡雪!奈月!萌花!掴まれ!!!」
まさに阿鼻叫喚だ。
ぐるぐると四人が宙に浮きながら旋回する中で、誰でもいいから掴まれるように精一杯手を伸ばした。
意識がだんだん遠のいていく感覚に蝕まれながらも、誰かの腕を掴んだ。
「よし!まずは一人!!」
そこで俺の意識は、プツンと途切れた。
今回は読んでくださり、ありがとうございます!
ほんの少しでも感想があると励みになるので、書いてくれたら嬉しいです!!
更新日は毎週火木土日です。