第7話 挑発と決心
8月の猛暑。
7月も気づいたら終わってしまっていた。
私は待合室で待っている間、神山さんの安否が気になっていた。
(接骨院が開いている時点で生きているのは確実なんだけども…)
なぜなら先日おすすめした"両神山"に先週末に行くと宣言していたので、安全に下山できたのか怪我などがないかを心配していた。
「こんにちは!!」
満面の笑みで挨拶をくれた神山さんにホッと肩を撫で下ろし自然と笑顔になる。
神山さんの笑顔はこちらまで幸せな気持ちにしてくれる。
(大怪我とかしてなくて良かった…)
施術が始まるなり神山さんはいつもより高めのテンションで話しはじめる。
「あ!両神山行ってきました!!」
「あ!無事に行ってきてくれたんですね!」
と、平然を装った。
(本当は心配で仕方なかったなんて今の自分には言えない…)
「どうでした?楽しかった?」
「楽しかったです!あそこ、結構登りキツイですよね?!」
「本当にここを初心者が登ったの?!って思いながら何度も膝に手をついてました(笑)」
と体力おばけの神山さんにしては予想していなかったコメントに心の中で「よっしゃあ!!」とニヤけた。
谷川「まぁ、若気の至りですよ!暑さもあっただろうしかなりキツかったんじゃないですか?!」
神山「もう、暑いし、びしょびしょでした!(笑)」
神山さんはとても楽しそうに話してくれた。
そしてただキツイ山に登っただけで終わらないのがこの男だった。
なんと平均のコースタイムの半分の時間でゴールしていたのだ!!
私は10時間かかったのに対し彼は往復4時間でゴール…
これがアスリートなのか。
これが神山さんか。
もはやすごいの一言しか出なかった。
谷川「え!??4時間?!!…」
考えれば考えるほど笑うことしかできない。
谷川「神山さん、クレイジーですね(笑)」
神山「クレイジーですかね?あれ、谷川さんは何時間でしたっけ?(笑)」
と知っているはずなのにわざとらしく聞いてくる…
谷川「わたし、10時間…です。」
神山「ってことは僕が下山したと同時に登頂してるってことかぁ〜」
この人、わざといじってきてる…。
谷川「まぁ、初心者でしたし?そういうことになりますね!」
と必死の初心者アピール。
なんか悔しい。
アスリートに勝てないのはわかっているしこの挑発に乗るのは大人げないとわかってはいたけど黙ってはいられなかった。
谷川「両神山リベンジしたいですね!!!」
私はまんまとその挑発に乗ってしまった。
そしてこの時決心した。
今年は両神山のリベンジで締めくくろうと!
この人には追いつけないかもしれないけど背中を追いかけるのは面白そうだし。
神山「リベンジするんですか?!(笑)」
私はクスッと笑みを返して心の中でリベンジを決心した。
その日から私は人が変わったようにリベンジに向けて動き始めた。
まずは心肺機能の向上と基礎体力を向上させるためのトレーニングだ。
・ランニング
・筋トレ
・登山を再開させる
ランニングは仕事のあと、夜に河川敷に行き6〜8キロは走る。
そのためにランニングシューズも購入した!
12月に両神山リベンジ、それまでに出来る限り山に登る計画だ!
筋トレはウエイトを使ったデッドリフト、ランジ、ブルガリアンスクワット、体幹トレーニングなど脚を重点的に鍛えた。
(実は筋トレが好きで自宅にバーベルがある。腱鞘炎になって辞めていた)
後日…
谷川「最近ランニングを真面目に始めたのでランニングシューズを新調したんです!」
神山「えぇ?急にどうしたんですか!!」
谷川「どうもしないですよ!ダイエットです!やっと10キロ痩せたしそろそろ走ってもいいかなぁって思って」
神山「10キロ?!」
谷川「ここに通い出したのが7月だから神山さんはわからないかもしれないけど4月からダイエット始めてやっと10キロ減なんです」
神山「そうだったんですね!すごい!!だからこんなに脚がパンパンなのか(笑)」
ランニングのフォームとか全くわからない私は脚が常にパンパンで筋肉痛だった。
まずはトレーニングを頑張って、生まれて初めて登った秩父の武甲山に久しぶりに登る計画を立てた!
目標は来月の9月。
私はその日が早く来てほしくて待ち遠しくてウズウズしていた。
だからランニングも筋トレも頑張れた。
そして神山さんの背中を追いかけるのが楽しくて仕方がなかった。
河川敷に走りに行くたびに誰かを探してしまう。
誰かなんて1人しかいないのに。
夏の夜の匂い…
なんだか切ない香りがする。
虫の鳴き声も木々のざわめきも切ないBGMの一部になる。
そうやって無性に誰かに会いたくなるように仕向けてくるのはやめてほしい。
走っているから苦しいんじゃない。
苦しさを走って紛らわしているんだ。