第6話 谷川紅葉 (たにがわもみじ)
接骨院に通い始めて腕が以前よりも楽になってきた。
神山さんはすごく仕事ができて真面目で、それなのにたまに面白いことを言う。
ユーモアがあって仕事もスポーツもできるなんて完璧すぎるじゃないか…
趣味を聞かれた時に私が釣りをやっていると言ったらかなり驚いていた。
神山さんも昨年から先輩に誘われて渓流釣りをやっているらしい!
こっちもビックリした!!
そして以前の私の担当者が何故いなくなったのかは少し気にはなったけどわざわざ聞くことでもないかとスルーしていた。
神山さんからもそれに関して話は無かった。
その頃を思い出してみても色々なことが一気に起きすぎていて数ヶ月の間の出来事とは思えなかった。
今住んでいる場所を離れて隣の県に引っ越しをするのだって、環境を変えて心機一転したかったからだ。
(まさか引っ越し先が神山さんの自宅が近いとは驚きでしかないけど…)
過去のドタキャンは申し訳なかったけど神山さんは何も聞いてこないしそんなこと気にすらしていなささそうだった。
今から1年半ほど前のこと…
会社の同い年の上司が転勤先の自宅で自殺してしまった。
信頼していてプライベートでも付き合いのある方だった。
会社でのパワハラによりオーバードーズするようになってから急激に痩せ細っていた。
私は話を聞いては、少しでも気を紛らわせたくて笑わせることしかできず、亡くなる前日も電話をもらっていた。
「ごめん、明日そっちに行けなくなったわ」
いつもよりため息も無言の時間も多かった。
亡くなったのはその日の夜だった。
翌日に先輩に電話をもらって、私は泣くことしかできなかった。
不器用で口が悪いだけで根は優しく仕事のできる上司だった。
転勤になってもいつかは帰ってくると信じていたのに…
そのあとすぐ、お付き合いしていた6歳下の恋人から別れたほうがいいと思うと言われた。
薄々気づいてはいたが不満が爆発したのか最初で最後の話し合いも虚しく破局。
どちらも後悔しか残らなかった…
何故もっと寄り添えなかったのかな。
なんでもっと話を聞いてあげられなかったのかな。
もっと気の利いた性格なら良かったのに。
私はただ楽しく平和に暮らしたいだけなのに…
周りの人のことばかり考える余裕がない。
こうなるとぐるぐる思考が止まらなくて眠れなくて。
そのタイミングで仕事で大きなミスをしてしまい、我慢していた腱鞘炎の痛みもあり、一気にキャパオーバーとなってしまった。
「もう無理」
そんな気持ちだった。
トリプルパンチを受けた私は接骨院はドタキャンし、会社は退職という選択をした。
退職してからの半年は何もする気が起きず貯金と雇用保険でギリギリの生活をしていた。
恋人と2人で住む予定で借りたアパートは私1人とペットのインコには広く家賃も負担となっていた。
最低限の生活でほぼ引きこもりである。
趣味の釣りや卓球にすら行く気になれなかったし就活する気力すらなかった。
それでもやるべきことはやっていたし全てを手放して死ねたら楽だよねなんて考えていた。
社会不適合者?
恋愛不適合者?
自己肯定感は低すぎるし自信も無さすぎるし人目も気になって人がたくさんいるところや大人数が苦手で逃げたくなる。なのに超絶負けず嫌い。
そんな自分は好きじゃないけど私が自由になりすぎると否定や嫉妬をする人が現れる。
そんな逆境は今までも幾度となくあった。
それの乗り越え方は自分が良く知っている。
必殺技は殻にこもる!!
でももう1人の私が言う。
"お前はいま何がやりたいんだ?"
"ここで人生を終わらせて後悔はないか?"
何度も何度も問いかける。
「そんなこと言ったって辛いんだ!今が辛くて消えてしまいたいんだ!私なんて居なくなったってどうせ…」
言いたくないことばかり言ってしまう。
『お前には夢があるだろう?』
それを思い出せよ!!
夢…叶えたいこと…
そうだ、
「私は人を笑顔にする仕事がしたい」
「困っている人に寄り添える仕事がしたい」
「自分が楽しめる仕事を自由にやりたい!!」
「私の人生最高だった!と思いながら最後は死にたい」
そして、
『自分に自信をつけたい』
『心身ともに健康になりたい』
答えが出たじゃん。
それに向かって突き進むしかない!!
そんなこんなで半年ニートを経験した私は突然個人事業主となった。
そして健康になるために食事管理と運動を再開した。
自分のためと仕事のため、お客様のために。
私は昔からやる気になったら動くのが早い。
そしてこの仕事を続けるためにも、体の調子を整えなくてはいけないと思い、整形外科や接骨院にきちんと通うようになった。
事業を始めて7ヶ月が過ぎた頃ーーー
神山さんとの出会いは忘れもしない7月だった。
厳密にはもっと前に知り合ってはいたが記憶にないから初めまして同然で。
彼に出会ってからというもの、行動力の塊となった私はやる気も元気も満ち溢れていくのを感じた。
ダイエットも仕事もプライベートも何もかも充実していた。
『神山さんとの出会いには理由があった?』
それに気づいたのはそう遠い未来ではなかった。