第5話 神山蒼太(かみやまそうた)
"あのとき河川敷ですれ違った人もこの間の河川敷での出来事も頭から離れない。"
真っ暗な河川敷で、ただすれ違ったにしては鮮明に覚えている。
もしかしてそのときすれ違ったのも谷川さん?
そんなわけないか。
両神山に行く前に走っておこうと思って昨日は河川敷まで行ったけどすぐに後ろ姿でわかった。
真っ暗だったしすぐにはわからなかったけどやっぱり彼女だった。
俺にしてはかなり印象に残る出来事だった。
谷川さんは気づいてなかったかな?
〜〜さかのぼること数週間〜〜
7月上旬。
この接骨院を開業してから5年が過ぎた。
ただただ毎日が忙しく、日曜はバレーの練習、たまに登山に行ったり趣味も楽しんでる。
去年から同業の先輩に誘われて渓流釣りも始めた。
田舎や自然が好きでとても癒されていた。
年明けに突然彼女に振られてからというもの、とくに悩むことはなかったがそれなりにストレスもなく充実した日々を送っていた。
(去るもの追わずな性格なのだ)
仕事では院長という立場もあり責任感もあるため時間さえあれば常に学びの時間に当てていた。
いつまで続けられるのだろうか。と不安になることはあるがそんなときこそ自分を高めるために勉学に勤しむ。
『勉強に終わりは無い』
医療従事者としては当然のことだ。
日々たくさんの患者さんを相手にしているが誰かを特別扱いはせず、常に一定を心がけている。
それは他の患者様に迷惑をかけないようにするために必要なことだった。
"あんなことがあったら尚更だ"
俺はそんなことでここをダメにしてはいけないという責任感があった。
毎朝診療開始時間30分前には院に着いてその日の準備をする。
「今日は以前にも通っていた方が朝一予約入ってたよな」
「谷川さん…」
当時は担当者が違ったから俺は全く覚えていない。
その担当者は色々あって辞めたのだが今は1人で気楽に働いていた。
「こんにちは!院長の神山です。」
彼女はとても緊張しているように見えた。
やはり記憶にはないがどこかで会ったことがあるような感覚がした。
当時は担当が違ったがそれに関して聞きたければ聞いてくるだろうと思い、こっちからはわざわざ話すことはしなかった。
あちらも何かを察したのか?
その日、谷川さんからもその話は出ることはなかった。
(空気を読んでくれたのかな…)
週に2〜3日の通院ともなると谷川さんとも色々な話をするようになっていた。
そう言えば谷川さんも自営業だったっけ。
しかも釣りが趣味で俺がやっている渓流釣りと同じだったし趣味の卓球はサークルにも入っていた。
以前は友人と登山もしていたとかで、色々な話を聞かせてもらった。
こんなに趣味の話で盛り上がったのは久々だな…
おすすめの山を教えてもらったから今度の週末に行ってみることにした。
どこに行こうか悩んでいたからちょうどよかった!
「谷川さんタイミングよすぎ!!」
週末がとても楽しみでウズウズしていた。
その日の夜、さっそく教えてもらった山を調べた。
今までで1番キツイ山かもしれない…
「聞いてはいたけど鎖場もありそうだし両神山の前に久々にランニングに行っておくか〜。」
何ヶ月ぶりのランニングだ…?
最近帰りが遅く、ベッドに入ると俺はすぐに寝落ちしていた。
両神山の平均のコースタイムは6〜7時間みたいだから俺は4時間を切るという目標を掲げた。
こうやって自分を追い込むのは結構好きで、とにかく負けず嫌い。
しかも登山のあとにバレーの練習だから遅れるわけにはいかない。
そう言えば谷川さん、来月引っ越しって言ってたけどまさかのうちから目と鼻の先なのはビビった(笑)
共通点とか多すぎてさすがに驚いたけど生きてればそんなこともあるんだな〜
いつか山とか一緒に行けたらいいけど。
ぼんやり考えながら少しだけいつもの晩酌をして、すぐに眠りについた。