第3話 奇跡的な一致
「今度の休みはなにするんですか?」
施術が始まるなり神山さんは唐突に聞いてきた。
私は少し驚きながらも考えながら答えた。
「えぇっと…」
「確か再来週だったかな?引っ越しがあるのでその準備というか荷造りですかね!」
施術中の手が一瞬止まる,
「え!!引っ越し?!どこに?!」
そう言えば神山さんに言ってなかったなぁ…
かなり驚いたような口調だった。
(うつ伏せだったので神山さんの表情はわからない)
「小玉郡ってわかります?」
「わかります!美里町?」
「いや、そのとなりの美川町です!」
間髪入れずに私は説明を続ける。
なぜなら神山さんは小玉郡すら知らないと思ったからだ。
「美川町にかんだの湯っていう温泉があるんですけどそこからめちゃくちゃ近いです!かんだの湯知ってますか?」
その瞬間、神山さんは一瞬無言になり少し笑いながら答えた。
「いや、うちもめちゃくちゃ近いですよ!!」
驚きすぎて一瞬身体がピクつく。
「えぇ!!!??」
「そんなことあります!!?」
私たちは驚きすぎて、2人して笑うことしか出来なかった。
なんと神山さんは私の新居の隣の町に住んでいたのだ。
接骨院が全然違う場所にあるからてっきりそっちに住んでいるものだと思っていた…
『これは単なる偶然?』
『こんなに偶然が続くことってあるの?』
妙に胸がざわついていた。
そしてこの出来事を境に私は思った。
『この出会いには何かある』と。
それが恋なのか教訓なのかはわからないけど明らかに私は彼を意識するようになっていた。
言葉、話し方、声、表情が脳内で無限ループしている。
彼が私に対して
『もしかしたら今度はそっちで会うかもしれないですね!』
なんてからかったように言ってきた。
まるで前にも会ったことがあるような言い方…
この人は私をドキドキさせる才能でも備わっているのだろうか?
単純な私はなんだか毎日が楽しくてやる気がみなぎっていた。
仕事もプライベートも全力で楽しみ全力で頑張れた。
今まで色々な接骨院にも行ったし病院にも行ったのに医療従事者に対してこんな気持ちを抱いたのは初めてのことだった。
これは恋なの?
その日の夜、なんだか胸騒ぎがして無性に彼に会いたくなった。
胸がザワザワし、急いで着替えて私は外に飛び出した。
『早く行かないと。今行かないと!!』
なぜかそう思って慌ててスマホとイヤホンだけを持って家の近くにある河川敷に行った。
夏の夜の匂い…
それはとても切ない香りだった。
星空の美しさがその気持ちをより一層際立たせる。
木々がザワつき、植物の匂いが入り混じる。
『あぁ…神山さんに会いたい』
さっき会ったばかりなのにもう会いたくなって、苦しくて涙が流れる。
私は恋をしてしまったんだ。
それが確信に変わる。
真っ暗な河川敷…夜は嗅覚と聴覚が敏感になる。
『!!!???』
後ろから誰かが走り抜けていった。
すごくびっくりした!!
その瞬間、ありえなすぎることが頭をよぎった。
「神山さん?」
「そんなわけないか…」
私は少し涙を浮かべながら歩き続けた。
「神山さんだったらよかったのに」
そう思いながらわたしは歩き続けた。
気が済むまで。
アパートの階段を登りながらふと気づく。
あれ…あの雰囲気、前にも経験したことがあるような…
いや、考えすぎかな。
今日も半身浴をしながら彼のことばかり考えていた。