第1 話 出会い
『もし、あの夜、もう一度振り返っていたら──。』
この出会いは偶然だったのか、必然だったのか。
運命なんて信じていなかった2人。
出会った瞬間から何かが変わり始めていく。
折り重なる偶然が織りなす2人の物語。
7月の蒸し暑い夜。
真っ暗な河川敷を、私は星空を眺めながら歩いていた。
イヤホンから流れる音楽が、夜の静けさと混ざり合う。
夏の夜の匂いに包まれながら、ふと、思う。
——無性に、誰かに会いたい。
夜の匂いとロマンチックな星空がそう思わせているのだろうか。
その瞬間。
ビクンッ!と体が反応するほどの衝撃が走った。
一瞬の出来事だった。
驚きだけじゃない。
何か別の感情が、胸の奥でざわつく。
すれ違いざま、目が合うことはなかった。
でも、誰かの視線が背中をかすめた気がした。
でも私は振り返らなかった。
暗闇の中、ただすれ違っただけ。
それなのに、心臓の鼓動は高鳴ったままだった。
今までに無い感覚。
……あの衝撃は何だったの?
自分の中で何かが変わったような、そんな感じ。
何かが始まる。
そんなワクワクしたような感情に近いのかもしれない。
そんなドラマのような展開を心の奥で感じた自分が恥ずかしくもあったが妙に印象に残っている。
私はお風呂の湯気に包まれながら、ぼんやりと一瞬のよぎっただけの姿を思い返していた。
何度も何度も。
――――――――――――――――――
7月の半ば。
仕事で無理をしてしまい、ケガをしていた腕が悪化してしまった。
なかなか自分に合う病院もなく、よく調べて行った整形外科も何回か通ったけど自分には合わなかった…
(治療の途中で行かなくなってしまった)
家から少し離れた接骨院にも通っていたけど、私にはその環境に馴染むことができず足が遠のいてしまった。
…。
「あそこに行ってみるか…」
申し訳無さと罪悪感が入り混じる。
そこは一年ほど前にも通っていた家の近くにある接骨院。
まだ新しくて、当時の担当者が面白くていつも楽しく通っていた。
しかし、最後に予約を入れた日に不幸がいくつも重なったことでドタキャンしてしまった…
それから謝罪もできず行くこともできず今日に至ってしまった。
治療は非常に丁寧かつ的確で、環境も人柄も何もかもが自分に合っていると感じていた。
申し訳なさとは裏腹にまた通わせていただきたい気持ちが勝ち、意を決して電話をした。
かなり緊張して声が裏返ってしまったが、あっさり予約が取れたのが驚きで当時の担当者とは声や話し方が違ったような?
あまり深くは考えなかったが、最短で予約がとれて良かった。
そしてあっという間に来てしまったその日は、とてつもなく緊張していた。
もちろん、理由は最後の日にドタキャンしてしまったのもある。
でもそれとは違う別の緊張感も感じていた。
申し訳なさと罪悪感を抱えながら当日を迎えるなんて…。
でも楽しみな気持ちも少しはあった。
だからあっという間だったのかもしれない。
戸を開けて緊張しながら挨拶をすると、奥から現れたのは以前とは別の方だった。
(あれ?確か以前の担当の方が院長でこの方は助手?だよね?)
『こんにちは!院長の神山です!』
(……えっ?!院長?)
若い。爽やか。そして、どこか懐かしい。
だけど、院長? 彼が?
過去にも何度か見たことはあったはず。
でもあのときは一度も会話はしなかった…
(その頃は2人体制だったが今は1人体制みたい。だから2台あった車が1台になっていたのか…)
色々と疑問はあったが最初から最後まで私は以前の担当者に関して聞くことはなかった。
なんとなく必要であれば話してくれると思ったからだ。
施術はとても丁寧で、優しくて、緊張している私とは裏腹に淡々と問診しながら進んでいく。
初日はあっという間に終わり、何を話したのかすらまともに覚えていない。
腕の状態があまりよくないため、最初は週に2〜3回のペースで通うこととなった。
神山さんと話が合う、合わないはわからなかったけど真面目に丁寧に対応していただけたことがとても好印象で嬉しかった。
(ブラックリストとかじゃなくてよかった…)
そして日を追うごとに打ち解けていくのが人間というものなのか、週に2〜3回も会っているとよそよそしかった雰囲気も変化し、少しずつ仕事やプライベートの話をするようになっていた。
そこに付随するようにお互いに笑顔や砕けた会話が増えたように思う。
私にはその時間がとても心地よく、楽しく、自分が生き生きとしているのがわかった。
いつの間にか接骨院に通うことが楽しみで仕方がなく神山さんに会えるのも、たわいもない話ができるのも嬉しくなっていた。
「こんにちは!」
と笑顔で挨拶する神山さんが頭から離れない。
次の予約までの2日間ですら長く感じる…
そういえば4月から始めた減量ももうすぐでマイナス10キロだった。
ここ最近は気持ちがモヤモヤすることも多かったからかトレーニングやスポーツの頻度が増えていたからかもしれない。
勢いではじめた自営業も、開業から半年が経ち、ようやく軌道に乗ってきた。
忙しいけれど、充実している。
何もかもが、今はうまくいっている気がする。
でもなんだかモヤモヤする…
この感情って…
まさかね。
筋トレで追い込んだ筋肉痛まみれの私の身体を文句も言わずにほぐしてくれる神山さんは私にとっては『神』である。
「勇気を出して電話してよかった〜!」
と私の心の中はハッピーだった。
そしてこの日も日課の半身浴をしながら神山さんのことを考えていた。
「早く会いたい」
と思うようになったのは出会ってから割とすぐのことだった。
彼の雰囲気、前にも感じたことがあるような?
『ずっと会いたかった人に会えた』
そんな感じだった。