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昭和

大正のはじめに横浜で生まれ、まだ戦前の昭和の横浜で私は死んだ。


なぜそうなったのか原因はわからないけれど、精神を病んでからはずっと精神病院に入っていた。

結婚していたのだけれど、子どももおらず、当時の医療では病気が回復する見込みがなかったから、夫とは離縁になった。


離縁になる前から夫には想いを寄せるご婦人ができて、清い交際ではあるけど二人は両想いだったのを知っている。


私がいるから結婚することはできないことを悩んでいたわね。


精神を病んでいても、そういうことはちゃんとわかっていたのよ。


家族や夫は、私が何ももうわからなくなってしまっていると思ったのかもしれないけれどね。


普通の結婚生活が送れなくなって、夫にはすまないと思っていた。でも、それでも離縁にはしないで欲しかった。


私が生を終えるまで、私の側にいて欲しかった。

私はそんなに長生きはしなかったから、離縁するのはもう少し待って欲しかったのよ。


私が死んでから再婚したのならば、何も無念は残さなくて済んだのに。


私の口から離縁しましょうと言うのではなくて、親が勝手に、「こんな状態ですから離縁にしましょう、あなたは新しい家庭を持った方が良い」と彼を私の側から追いやってしまった。


そしてあの人は、あのご婦人と再婚してしまった。

そのご婦人は活動写真の女優のように、それはそれは美しい人だった。


私は気がついて欲しかっただけなの。私は別れたくはなかったということを。


それで私は死んでから、お迎えが来てもついていかずに、天界には戻らなかった。


私は両親へ遺言を残しておいたの。


私の遺骨は元夫と同じお墓に入れて欲しいと。



結婚した彼らには娘が二人できた。なかなか子を授からずに明治生まれの人で三十八歳で初産なんて高齢出産よね。二人目は四十過ぎだなんて驚きよ。

でも下の娘が生まれる前に、彼は船と一緒に海に沈んでしまったの。


彼は軍人ではなかったけれど、海軍の手伝いとして物資の輸送船に乗っていた。戦争の旗色が悪くなって来た頃だったから、それで敵国に沈められてしまったのね。


だから彼のお墓には骨すら無いのよ。


それから、あの人達、彼の奥さん達は関東大震災に、東京大空襲と、二度も住む家を失い、焼け出されて命からがら逃げ延びた。


凄い生命力よね。私には真似ができないわ。


それから娘二人を新潟に疎開させて、終戦後も彼の奥さんは調理師、その母親は助産婦として、本当に身を粉にして働いたの。


二人は箱根に保養所にするための家を建てて、国税庁指定の保養所を経営するまでになった。


それで横浜にあったお墓を小田原に移す時に、私のお骨が内緒でそこに納めてあったのがバレてしまったの。


それはそれは驚いていたわ。ふふ。


そのお墓には二人分の骨しかないはずだったのに、三人分あったんだから。


私の家族が遺言を守ってくれたのね。


まあ、彼女達には悪かったとは思うわ。だからもうそれは気が済んだの。

でも私はまだ天界に帰る気はなかった。


私という存在がいたことを知って欲しかったのよ。


そして昭和四十○年にやっと私の声を聞いてくれる子ども、私の気持ちを理解してくれそうな子どもが生まれたの。


それが彼の孫だった。


その子は霊感体質で、霊の気配を察知しているみたいなんだけど、怖がって自分の霊能力を自分で封印してまったの。


それじゃあ私が困ってしまうのに。


私は仕方なくその子が封印を解くまで待つことにした。


そうやって待っているうちに、昭和という時代が終わっていった。

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