炎
ダビーは準備運動がてら首を左右に鳴らし、静かに動き出す。
これから命を奪おうというのに、戦いの前にとりあえず仲良く握手でもしようとでも言いかねない気楽さで歩み寄る。
さて問題は奴が、どう戦うつもりか、だ。
処刑と言う名目で多くの人を殺めてきた男。只者ではないだろう。そう思い、ロイドは注意深く探りを入れていく。
「ところで火の準備はいいのか?」
「あ?」
「何人も処刑で焼いてきたって? 名物にさせてるくらい得意なんだろ?」
「良く知ってるじゃねえか。碌に観光もしてねえって聞いてた割によ」
「それで、得物は何だ? 火炎瓶か? それとも火炎放射器か?」
「ッハ! んなもんいらねーよ」
「今更隠すなよ。部下に準備させてるのか?」
「準備ねえ……。ま、すぐに分かるさ」
ダビーはせせら笑いを零しつつも足を止めない。部下から何かを受け取る風でもなく真っ直ぐロイドに向かってくる。
(どうするつもりだ?)
あくまでダビーは手ぶら。武器を持っている風には見えない。
ならば徒手空拳だろうか。
否、とロイドは首を振る。
彼の性格上、正々堂々と真正面から戦うようには思えないからだ。
かといって武器を持って近づく憲兵もいなければ、付近に大型の得物を隠し置いているようにも見えない。
ともすれば答えは暗器だろうと推測を付ける。
地下牢に残したコンバットナイフは身に着けていなさそうだが、それよりも小型の刃物の類であれば十分ジャケットの内側に隠し持てそうだ。
なら処刑における火器はあくまでも止め。いたぶるために使う彼の趣味で、得意武器ではないのかもしれない。
「かかってこねえならこっちから行くぜ!」
「ッ……!」
ダビーは距離を詰めて腕を伸ばすと袖口から小さなナイフを取り出した。
慣れた手つきで掴み、切っ先が顔面に迫る。
まるで玩具のようなサイズ。
だが鋭利な刃を見る限り人の皮膚を裂き肉を抉るには十分だ。
ロイドは咄嗟に後ろに下がりながらダビーの攻撃を拳をねじって受けた。
守りに徹する動きだ。
ダビーが掌でナイフを躍らせながら振り、ロイドが手堅く手首を弾いて払う。
数度の攻防の応酬。
互いに相手が素人ではない事を理解する。
「へえ。意外と動けるじゃねえか」
だったら、とダビーは大きく踏み出した。
「……!」
爪先が踏まれ、ロイドは下がれなくなった。
続いてナイフを囮に受けを誘い、受けの手首を空いた手で硬く掴んでくる。体勢が不十分なロイドは簡単には振りほどけない。
最後にダビーはナイフを一投。
「!?」
ロイドは冷静に弾き飛ばす。
警戒と動揺が入り混じっているロイド。そこへ再びダビーが手を伸ばし、掴まれまいと手を組み合った。
唯一の武器をあっさりと捨てて何をするかと思えば、単なる力勝負。
意外な展開に、ロイドは戦いの最中問いかける。
「どうした? 何がしたいだ、お前は……?」
「へへへ……」
「何がおかしい……?」
ダビーは手も足も退かさず、ロイドも一歩も引かない。
戦いが硬直する。
ダビーは決して巨漢ではない。戦い慣れているのは確かだが決して力に自信があるようにも見えない。かといってロイドも別に力で劣っている訳でもない。即座に鉄製のベッドを投げ飛ばせるくらいには力がある事は彼も知っているはずだ。なのにどうして彼は力勝負に持ち込んだのだろうか。
ロイドにはダビーの狙いが分からない。
「ハハハ。そりゃあ楽しいからに決まってんだろ」
「楽しい……?」
「ああ。これからお前がどんな顔するか想像するとワクワクするぜ」
「どういう意味だ……!?」
ロイドは嫌な予感がした。
だが彼女が自由にできるのは後ろに引いている足だけで、そう思った時にはもう遅かった。
「貰うぜ、その腕」
突如、眼前に熱風が吹き荒れる。
「何だ!? あぐっ──ぐあああああああああああっっ!!!!」
驚愕と激痛にロイドは絶叫した。
掴まれている彼女の腕が、手が、煙の中で煙を上げ始めたのだ。
熱い。
明らかに人肌ではない、まるで火かき棒だ。火の中で十分に炙った火かき棒を無理やり押し付けられているかのような熱さに顔が苦痛で歪む。
何事かと睨みつける先で彼の両腕が白く発光していた。
「お、お前、その腕は……!」
「なあ。《人間モドキ》って知ってるか?」
「人間、モドキ……?」
その名前を聞いた時、ふと門の前で番兵から聞いた話が脳裏によぎる。
『《人間モドキ》って知ってるか?』
『いえ……? 初めて聞きましたが……』
『妙な力を使うやつらだよ。魔法とも手品とも違う怪しい異能力者だって話だ』
「ぐぅ……町に入る時、同じことを聞かれたよ……」
「へー! そりゃ奇遇だな!」
「くそっ……いい加減……手を、離せッ!」
「おっと危ねぇ」
ロイドは苦し紛れに腹を蹴っ飛ばそうとするが逆にあっさり手を離され、ついでに足を引っかけられて無様に転んでしまう。
地面を転がって距離を取り両腕をかばいながら立ち上がる。
「うぐ……はあ、はあ……クソッ」
「得物は何だって聞いてたよな? そうさ。これが俺の得物だ」
そう言ってダビーは光を纏いながら熱を産む両手を見せびらかす。神秘的な姿に、凶悪な力とは裏腹に美しいとさえ感じてしまう。
それを警戒しながらロイドは痛みが疼き続ける自分の身体を見やる。
健康的な色をしていた肌が五指の形に赤く変色。そこから痛々しい水疱がはっきりと浮かんでいた。ダビーとは対照的に醜い姿に変貌させられていた。
火傷だ。激痛に指が震え、拳がまともに握れない。
「俺が触れた物は何でも熱して燃やす炎モドキの炎人間。俺自身が武器なんだよ」
「炎人間……?」
暑さにのぼせそうな頭でロイドはダビーの言葉を反芻した。
《人間モドキ》。
炎人間。
彼自身が得物だという発言。
「……ああ……そうか。そういう事だったのか……」
ゆっくりと空を仰ぐロイド。酷い表情の口角が少し吊り上がる。あまりにも自分が単純な事を見落としていたのだと。
そもそもヒントは断片的ながら戦いの前からあったのだ。
「通りで今日は暑いと思った……」
この猛暑は天候のせいじゃない。
ダビーの持つ超常の能力により作られた副産物。彼の身体から発せられて荒地一帯にこもっていた熱気のせいだったのだ。
「そういうこった。『すぐに分かる』って言っただろ?」
処刑人・ダビーは《人間モドキ》と呼ばれる異能力者だ。
彼は炎人間を自称する通り、体が炎のように熱を発することができる。
しかし摩擦で作った小さな火種も火口、枝、薪と順番に移さなければ大きくならないように、彼の身体も時間をかけなければ力を発揮できない。
以前地下牢で会った時に即座に力を見せなかったのはそのためだろう。
だから彼は今日、戦いの準備をしてきていた。外にも関わらず異様なまでに熱がこもるほどに己の炎を燃え上がらせてきたのだ。
そして能力を幾度も処刑に使ってきたことで、町の番兵も気付いていたに違いない。彼が《人間モドキ》である事を。だから旅人から《人間モドキ》の情報を集めていたんだ。
「……謀ったな?」
「ヒヒッ、悪かったな。どうせ殺すなら楽しく殺せた方がいいだろ?」
「勝手に言ってろ、熱中症野郎……」
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