ダビー②
「こ、この……殺人鬼め……!」
思わず拳を握り、ロイドは声を荒げながらベッドに怒りをぶつけた。
鉄製のフレームが悲鳴を上げて、一部がくの字型に歪む。
荒い呼吸と共に彼女は暫くの間肩を上下させた。
その様子をダビーは一ミリも表情を動かさずに黙って見守っていたが、その内にむず痒そうに唇を震わせ、遂に破顔した。
壊れた楽器みたいな素っ頓狂な奇声を上げるダビー。
彼の高笑いは何もない地下室の中でよく反響し、あまりの豹変ぶりにロイドはあっけにとられる。
さっきまで一度たりとも顔色を変えなかった冷酷無情の男とは違う。まるで別人だ。何がおかしいのか、今も苦しそうに膝を叩きながら笑い続けている。
それがまるで自分を馬鹿にしているようにもロイドには思え、彼女は眉間を寄せながら尋ねた。
「どうした? 何が可笑しい?」
「ああ、悪い悪い。やっぱりこの町にまだ染まってないやつはからかいがいがあるなと思ってよ」
止めだ止めだと手を振りながら彼は折角整えていた髪をかき乱す。
飄々と笑って、
「理由なんざ別にいいじゃねえか。タダで殺せるんだぜ?」
「タダで殺せる……?」
「ああ。一回想像してみろよ。無能な凡人の顔が醜悪に歪んで、地面を這いつくばりながら絶望を叫ぶんだ。誰かー! 助けてくれー! お願いだ、せめて一思いに楽にしてくれ。もうやめてくれー! ──って」
ダビーの熱のこもった演技と零した涙にロイドは不覚にも心が締め付けられ、
「どうだ? 楽しいだろ? 最高だろ? 金払ってでも殺したくなるだろーが」
彼の楽し気な笑みに、拳が震えた。
もし目の前に鉄格子も何もなければきっと反射的に殴っていただろう。
……そうか、こいつにとって人の命はただの遊び道具なんだ。
正義を謳う非情な役人、ダビー。
それは単なる芝居だったのだ。
信条を理由に殺しを正当化し、この町で自らを合法化し、無害な人も道を違えた犯罪者も誰も彼も逃亡不可な楽しい遊び場を作るための彼のための演目。
その中身は、詭弁を振りかざし命を弄んでいる殺人狂。
これが彼の本性なのだ。
「狂ってやがる……」
いつの間にかロイドは呟いていた。
思えばずっと妙だった。
確かに最初から町の人の様子がおかしかったが、強権を使って市民を虐げているように見えた憲兵さえもどこかやりにくそうにみえた。意味不明な法律に違反した人達を取り締まらねばと逆に縛られていたのだろう。
「ああ……理解したよ。狂ってたのはルールじゃない、あんただ。あんた一人がこの町全部を狂わせてたんだ。だからみんな怯えてたんだ。町の人も、憲兵も」
「おかげで楽だったぜ。『正義』を掲げればどいつでも好きなだけぶっ殺せるんだもんなあ。『機嫌が悪いからとりあえずあいつを殺す』、『今日は気分が良いからパーッと景気よく三人殺す』、『目が合ったから殺す』ってな。いつまでたっても飽きない最高の仕事だぜ、こいつはよ」
ロイドは身の毛がよだつのを感じた。彼が来てからこの町に平穏はなかっただろうことが彼女には窺えた。外から来た自分達に対する町の人の反応も当然だ、と。
「ただの人殺しが……なにが正義だ! お前さえいなくなればっ……!」
「おお! 威勢がいいねえ! ならやってみろよ、俺を殺してみろ! ここにぶち込まれた奴はみんなデカい口叩いて炭になっていったぜ! 笑えるだろ!? アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ──」
悔しさにロイドは声を絞り出して呟く。
「くそ……町長は何でこんな奴を役人に……」
元々ダビーは町の外から来たという話だ。町の行政が機能していれば、そもそも町長がこんな人間を役人に選ばなければ、こうはならなかったはずなのだが。
そう考えているとダビーはふざけた表情で首を傾げる。
「町長ぉ? なんだそいつは?」
「はあ……? 何言ってんだ……。あんたが町に着て意気投合したっていう、役人になったきっかけの人だよ……」
「……ぶはっ。ハハハハハ。あー、はいはい。町ではそう言われてんのね」
勘に触るせせら笑いに眉根を寄せつつロイドは、
「……何がおかしい?」
「いや、なんでもねえ。えーっと町長ね。あいつならとっくに死んでるぜ?」
「……………………は?」
「いつだっけなー。あいつがあーだこーだ俺の行動に文句つけやがってよ。五月蠅くてイラっときて。それで役場のあいつの部屋で蒸し焼きにしてやったんだよ」
絶句。
「町長がもう、死んでる……? ……冗談だろ?」
「マジだよマジ」
「いつの話だ……?」
「覚えてねーつってんだろ。まーでも大半のやつらは普通に生きてると思ってるだろうさ。誰も『死んだ』なんて発表しねーからな」
「お……おかしいだろ。なんで役場の人達は……」
「気付いてると思うぜ? 何年も経ってんだ。ただ言わないだけさ」
きっと役人達は町長の死と同時に気付いたんだろう。
とんでもない悪魔が役場に入り込んでいる事に。
だとしたら、この町は、
「じゃあ誰が……この町を仕切ってるんだ……?」
「さあな。強いていうなら俺が町長みたいなもんだろ?」
「ふっ……──ふざけるなっ!!!!!!」
直後、ベッドが宙を舞った。
ロイドが怒りに任せてダビーに向けて投げるが、鉄格子の鉄棒をひしゃげさせ、深く食い込ませるだけだった。
女性とは思えない怪力を称え口笛が吹かれる。
「おいおい。お前これからどこで寝るんだよ」
ダビーが空気を読まない軽口を叩きながらベッドの影から顔を覗かせると、
「『ここにぶち込まれた奴はみんな炭になった』って言ってたな」
「ああ? 言ったっけ?」
「……俺は人殺しじゃねえ。殺すのは勘弁してやる。その代わり二度と殺しができねえようにてめえをズタボロにして町から叩きだしてやる。だからそれまで逃げんじゃねえぞ」
「おお。威勢がいいねえ。逃げたいのは死刑囚の君の方だと思ってたけど」
ロイドに言われてダビーは今日一番の笑みを浮かべた。
「決めた。処刑は明日だ。退屈させんじゃねえぞ?」
そしてダビーは再び闇の中へと引き返しながら思う。
ちょっと遊びに来たつもりだったが、思わぬ収穫だな、と。
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