ダビー①
ある夜の事。
ロイドの入れられていた地下牢は唯一の囚人が寝た事で完全に静まり返っている。彼女はというと、硬くて寝付けない鉄製ベッドの上に座り、背中を壁に預けて何度も舟を漕いでいた。
そんな中、数時間ぶりに牢獄の中を小さな音が反響した。
長針よりも遅く。
短針よりも淡々と。
床の上で叩かれる革靴のノックだけが地下室で刻まれている。
醜悪な殺意を匂わせながら。
「……」
やがてとある部屋の前で足が止まった。
暗闇に浮かぶ三白眼が部屋の主を品定めする。
ロイドはまだ気付いていない。闇を徘徊する異質な存在とは裏腹に今の彼女は夢の住人らしく、無防備だ。それをいいことに彼はじっくり彼女の柔肌を舐めるように観察し、不意に──解き放つ。
鋭く。
檻の隙間を縫って。
鈍色に研がれた刃が淀んだ空気を切り裂き、牢内を横一文字に貫いた。
コンマ一秒後、
「っ~~~~~~~~!」
小気味いい短音と甲高い長音、続いて呻き声がハーモニーを奏でた。
ロイドはベッドに伏せて頭を押さえていた。痛みに悶えて体を震わせており、つまり、まだ生きていた。刃の餌食にはならなかったのだ。
意外な結末に目を丸くする男。
彼女の石頭が、襲撃者の攻撃を弾いた、という訳ではない。
寝相だ。寝ている内に彼女の重心がずれ、壁にもたれかかっていた背中が滑ってしまったのだ。そのまま固いベッドにぶつかってしまい、彼女の側頭部が少しコブになっていた。
そして直前までロイドの首があった高さにはコンバットナイフが突き刺さっている。もし彼女がロボットのように無機質で寝相をしない人間であればきっと首から暖かい噴水が上がっていただろう。
「うわっ。なにこれ危な……」
「どうやら処刑日は今日じゃないらしい」
ナイフを見上げて驚いているロイドに投げかける声。ロイドは頭を押さえながらもう片方の手で寝ぼけ眼をこすり、通路側を見やる。
「お前が嘘を吹聴し憲兵に暴行したっていう馬鹿か?」
眉を軽く吊り上げつつロイドは、
「……俺が『嘘を吹聴し憲兵に暴行した馬鹿』なら、あんたは誰だ?」
「そうだな。馬鹿に裁きを与える正義の役人ってところか」
ロイドは改めて男を見つめた。
泥から浮かび上がるように暗闇から現れた白い顔。湿気った地下室に香ってくる甘い香水。見慣れた憲兵の制服とは違う高そうな生地のスーツに、長髪をオールバックにして固めている。
見るからに憲兵ではない。だが真夜中に地下牢に訪れる事ができた。
連想したのは少女が伝えてくれた名前。
「あんたがダビーさん?」
「何だ。知ってたのか」
「お噂はかねがね。会えて光栄です。なんでも何人も町の人を殺めたと」
「光栄という割には随分怒りの籠った目つきだ」
そう言ってダビーはロイドの挑発にも無愛想に溜息を吐くだけで話を続ける。
「それと語弊があるな。まず訂正しよう。あいつらはただの人間じゃない、極悪人だ。法を犯し、町を侮辱し、民を苦しめた悪党どもだよ。殺されて当然のどうしようもない生き物なんだよ」
「……町のオブジェにしたらしいじゃないか。殺しただけじゃ飽き足らず」
「ああ、是非見て行ってくれ。もしここを出れたらの話だが」
「ふざけるな。なんで死んだ後もそんな辱めを受けさせたんだ」
「死んでも犯罪抑制のために使ってもらえる。町民の誉れだろう?」
言葉が出ない。
死者への冒涜が、さも当たり前のことのように言われて。
「納得したかな?」
「……彼らの罪は、一体何だったんだ……?」
そうだな、と彼は指折り数え、
「憲兵への反抗、暴言、暴行、その他諸々。後は役場・役人に関する事実無根の噂の吹聴、町民の扇動、それら国家反逆罪への共謀と言ったところか。おっと他にも処刑を妨害しようとして、ついでに殺したやつもいるな」
「ついでに殺した……?」
「効率的だろう?」
「いや……そもそも、その程度で極悪人なのか? てっきり何人も人を殺したとか、凶悪な犯罪者なのかと思ってたんだが……。確かに酷い事をやったのかもしれないが、どう考えても死刑になる程の事じゃないだろ?」
「それは君や君の故郷での話だ。そんなものは関係ない。町の平和を、根幹を揺るがそうと企んだんだ。十分殺すに値するさ」
「何のために……」
「町の治安のため。己が正義のため」
「そうやって……今まで何人殺してきたんだ」
「覚えてないなぁ。そういえば二年前に処刑回数が五百を超えて記念式典を催したが……今は幾つになったか。今度部下に死体を数えさせてみるか」
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