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静かな宿

 売れ残りみたいに硬くなったパン。

 それ単体だと木を齧っているようで物悲しい気持ちになるのだが、一緒に出される味の薄いスープに浸せば食べれなくもない。

 一日三回のそれが三日目ともなれば、ロイドも死刑囚という環境に慣れて食事を楽しむ余裕さえできていた。


「おい、囚人」

「あむあむあむ。あむ?」

「呑気に食いやがって……出ろ」


 ロイドは染み出す鶏ガラを味わっていたのを中断し、喉を鳴らす。


「ごくん……。もう釈放?」

「違う。客だ」

「客……?」


 ──二十分後、面会室。

 換気の利かない小部屋には今は香ばしい匂いが充満している。

 殺風景な部屋で出されている残飯とは違う。鼻腔をくすぐり自然と唾液が舌の裏から湧いてくる。本物の食事がロイドの目の前にあった。

 ただし食べているのは彼女ではない。

 透明な仕切りの反対側に座っている数日ぶりに再開した少女、アンだ。


「アンタほんと馬鹿ね。赤の他人なんだから放っておけばいいのに」

「仕方ないだろ。ほっとけなかったんだから」

「はあ……だから最初に言ったのよ」

「何の話だよ」

「別に──はむ。もぐもぐ」

「というかさ。それ何?」

「私のお昼ご飯。炭焼きがここの名物らしいわよ」


 アンはロイドへの差し入れのように持ち込んだ、持ち帰り用のパックに手を付けていた。中身は焼き魚だ。焦がさないように丁寧に炙られたそれを両手で掴んでは見せつけるように一口一口ゆっくりとかぶりつく。

 最後にパックの中に頭と尾だけが残るが当然ロイドには何も残されていない。


「で、こっちは炭焼き珈琲ゼリーね」


 次に取り出したのは食後のデザート。スプーンの上で踊る黒蜜がかかったゼリーを口に運んでは美味しそうに目を細め吐息を漏らして堪能する。ご丁寧に甘味好きによる食レポ付きだ。

 下手に反応しまいと抵抗しつつも勝手に垂れだした涎をロイドは拭いながらアンが「ご馳走様」と手を合わせるまで耐えて尋ねた。


「『炭焼き』尽くしだな」

「私のせいじゃないわよ。実際町ではどこも炭焼き料理ばかりなのよ。名物だからかしらね」

「……ごくり」

「料理だけじゃないわ。大通りに行ったら幾つもの炭のオブジェがあったの」

「オブジェ?」

「そう。かつて町で暴れた犯罪者達のオブジェ」

「…………犯罪者のオブジェ?」

「見てきたけど壮絶だったわ。生きたままダビーさんに高温で焼かれて炭にされたんですって。まるで今にも動きだしそうだったわ」

「生きたまま……? いや……冗談だろ?」

「まさか。『見てきた』って言ったでしょ?」

「……」


 絶句。

 日常会話の最中、可憐な声で淡々と語られる凄惨な事件。


『生きたまま炭に』


 その言葉にロイドは顔をしかめずにはいられない。

 非人道的過ぎて俄かには信じられない話だ。けれどアンは至って平静。冗談を言っている風には見えなかった。

 狂気の犯行。浮かび上がるおぞましさに、悪趣味だ、と内心吐き捨てる。


「そういえばアンタは知らないわよね。ダビーさん」

「……そいつは誰なんだ?」

「ダビーさんは町長の相談役よ。元々旅人だったらしいけど、町長と会って意気投合してから移住して役人になったらしいの。町の平和のために、処刑人として捕まった極悪人を何人も裁いたらしいわ」

「それは──」

「すごいでしょう?」


 食い気味に同意を求めるアン。

 反射的に言いかけた言葉を噤み、引きつった顔で頷いた。


「あ、ああ」

「素晴らしい人だと思わない?」

「そう、だな」

「私も同感よ。ダビーさんと町長がこの町のために二人三脚で働いてる。だからここはこんなにも平和で活気に溢れてるのよ」


 それからアンは『ダビーさん』の噂話を幾つか話してべた褒めした後、直ぐには出発せずに暫く観光で町に留まる事と皮肉にもロイドの処刑を楽しみに待っている事を告げて部屋を出て行った。終始、面白くなさそうに。


「──心にもない言葉を」


 夜、ロイドは考えていた。彼女らしくない言葉の意味を。

 悪趣味な処刑人が素晴らしい?

 町が活気に溢れてる?


「らしくない。分かりやすいヒントだな」


 アンは観光をしているように見せかけて諸悪の根源を探し、ロイドに自慢でもしにきたかのように警告しに来たのだ。

 色んな人を訪ねて町の事を調べ回り、たった数日で町の諸事情を解剖してくれた。まだ幼いというのに。その様子を想像するだけで硬く冷たいベッドの上でもほんのり胸が暖かくなった。

 その代わり、面会室での匂いに誘われて働き始めた腹の虫は五月蠅くてかなわないが。

いつも評価してくださってる方、本当にありがとうございます。

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