この町の諸事情
「──あんた達、外から来たのか?」
声に振り向くとテーブルの前に赤ら顔の老人が「ウィック」としゃっくりと共に現れた。アルコール臭を漂わせていて見るからに酔っ払いと言った雰囲気だ。
よく見ると二人が店に入った時から居た老夫婦の片割れで、後ろには夫人が申し訳なさそうな表情でついてきている。
「あなたったら……もう。家族団欒の所をすみません」
「あ、いえ、大丈夫です。えっと」
「んん? どうなんだ? 外から来たんだろ?」
「そうです、外から──東の山脈の麓から来ました」
「あらまあ! 遠い所から遠路遥々……大変だったでしょう」
「そうですね。特に娘はまだ旅慣れていないので」
「フン」
「あらあら……」
「そりゃあご苦労様だな。ははは」
はしゃぐ婦人に笑う老夫。さっきまで静かに食事をしていたのが嘘のようだ。
「ようこそ我らの町へ。大したものはないが楽しんでいってくれ。この町の人間はみんな窮屈で退屈してるからあんたみたいな余所者が来てくれて内心喜んでるよ」
「ちょっとあなた」
「別に間違ったことは言っとらんだろ」
他の住人は分からないが、少なくとも二人は歓迎してくれているようだ。
ロイドは「どうですかね」と苦笑を交えつつ、
「町の人は俺達を見るとすぐ隠れてしまうので、俺には喜んでるようには……」
「まあ……そりゃあそうか」
「まるで犯罪者でも見つけたみたいな顔だったわ。失礼ったらありゃしない」
「コラっ」
「ごめんなさいね。その、悪く思わないでほしいの。みんなどうしても、ね」
「あ。やっぱり……?」
意味深な言い方に、町の諸事情を察するロイド。
よそ者を警戒するというのは別におかしなことではない。
旅人には罪を犯して町を追い出された人間も多く、そういった流れ者が事件を起こす、というのもよくある事だと知識として知っていた。そういった事件が過去にあったのなら妙に多い憲兵の数も納得できる。
そんな予測を立てていると、老夫は誰もいない店内を過剰に気にしながら囁く。
「暫く町に留まるなら耳に入れておいた方がいいだろう」
ロイドとアンもテーブルに身を乗り出してしゃがれ声に耳を傾ける。
「お前さん達も気を付けろよ。何せ今の市長の傍には──」
「少しよろしいですか?」
入口の扉が軋み、軍靴が鳴り響く。
淡々とした声とは裏腹に二桁の制服姿が入店。周囲のテーブルごとロイド達を取り囲んで長身の肉壁で威圧、逃げ道を塞いだ。
老夫婦の顔に緊張が走る。
憲兵だ。
彼らは犯罪者と対峙しているかのように皆一様に厳しい表情。囲まれた老夫は突然の事に狼狽え、老婦は怯え始める。
客だと思って顔を出した店主もお決まりの挨拶を言いかけて引っ込んだ。
「あなた……」
「わ……わしはまだ何も言っとらんぞ……!」
「何を言ったかは後程じっくりと確認させていただきます。連れていけ」
少し違う制帽の憲兵が命令すると仲間達が老夫婦の後ろに立った。手には手錠。彼らをテーブルに強引に押さえつけて逮捕しようとしている。
「お、おい! 妻は関係ないだろう!」
「決まりですので」
思わぬ展開にアンも混乱。
「な、なんなの……!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ロイドは椅子を倒しながらも慌てて止めに入るが、憲兵が迅速な動きで老夫婦との間に割り込んだ。
「くっ……! どういうことですか!?」
「旅の方。おくつろぎの所をお邪魔して申し訳ございません。こいつらはすぐに連行しますので」
「どうして二人を!? お爺さんもお婆さんも何もしてません! 俺達が証明できます!」
「証明? 結構。疑わしい、それだけで逮捕するには十分な理由です」
「疑わしい……?」
「外から来た貴女方は知らないでしょうが、この町の法では、もしもこいつらがあらぬ噂を──例えば町の評判を貶めるような事をあなた方に吹聴していた場合、『国家反逆罪』に当たるからです」
「そんな、噂程度で……」
「例え噂程度でも、重大な犯罪です。どうしても野放しできないのです」
「でも証拠はないんでしょう!?」
「それはこれから取り調べます」
「これから!? あくまで『もしも噂を吹聴してたら』の話ですよね? 事実かどうかも分からないのにこんな強引に連れて行くんですか!?」
「……決まりですから。では失礼します」
そう軽く会釈して憲兵たちが再び動き出す。
「これがこの町の諸事情ってやつなのね……」
「……」
直後、男の悲鳴が店内に響き渡った。
多くがざわつく中で一人だけが知っていたかのように小さな溜息を吐く。
一部の憲兵が動揺し声を荒げた。
「と、止まれ……! 動くなッッ!」
「……旅の方。今あなたは何をしてるのか分かってるんですか?」
全員の視線が集まる先でロイドは、老夫婦を拘束しようとしていた憲兵の腕を左右の腕で一人ずつ捻り上げていた。
ロイドはあっけなく憲兵を離し、そのまま静かに両手を頭上に上げる。
「別に。怯えていた老人を助けただけですよ」
「怯えていた? そいつらはただの町民じゃない。国家反逆罪の容疑者ですよ」
「……」
「それに憲兵への暴行は公務執行妨害に当たります。速やかに投降して下さい」
「だからこうして手を上げてるじゃないですか」
意味が分からない、と言いたげな憲兵だったが堪えて口を噤む。代わりに部下に顎でその女も連れていけと指示した。
するとロイドは「それと」と話を続ける。
「白状すると、実は噂を広めようとしたのは俺の方なんですよ」
「…………どういう意味ですか?」
「自供ですよ。無関係の人を巻き込むのは忍びないと思って改心したんです」
「……」
「びっくりしました? ああ、犯人が自供したならその人たちの疑いはもう晴れたんじゃないですか?」
「…………もうそいつらはいい。こいつだけ連れていけ」
憲兵の指示によってロイドは大人しく手錠を掛けられ、両肩を抑えられながら連れていかれた。なぜか道中、ロイドには不思議と彼らの表情が安堵しているように見えた。
事件後も豪胆にもまだ店内に残って牛フィレステーキを催促している相方を放置して、ロイドは刑事施設らしき鉄条網と鉄格子の建物の地下牢に入れられる。
憲兵が地上に戻っていく中、一人だけが牢屋の前に残って声を潜める。先程の憲兵らの上司らしき男だ。
「……『無実の老人を逮捕せずに済んだ、ありがとう』、なんて言うと思いましたか? 余計な事をしやがって。何も知らない旅人風情が」
言われて肩をすくめるロイド。
「それと忠告だ。ここに入った人間は一人残らず一週間以内に処刑されてるぞ」
「…………へ?」
「良かったな、一週間も猶予があって。処刑人が来るまでゆっくり後悔してな」
「ちょっと待て。噂を広めただけだろ? そんなに重い罪なのか?」
「『国家反逆罪』と伝えたはずだが。あと公務執行妨害もだったか。ここでは国家反逆罪の容疑者は裁判不要で死刑だ。他の町の法は知らないがな」
こうしてロイドは青ざめたまま固まり、一人地下に残された。
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