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人間モドキ

 このまま何もせず焼かれる訳にはいかない。

 ロイドは身体に鞭を打って手に力を入れる。

 全身が悲鳴を上げて激しい頭痛が鳴り響くが歯を食いしばって何とか耐え、見かけ上は戦闘態勢を取る事が出来た。

 だが顔には苦悶が、足元には冷や汗が滴る。

 構えるだけで精一杯なのが誰の目にも明らかだ。

 それは当然彼にも。

 ダビーは大口を開けて手を叩きながら一頻り笑って言った。


「痛ぇよなあ? 人間は不便だよなあ?」

「……」

「どいつもこいつもちょっと皮膚を炙られただけで満足に拳も握れやしねえし、ボロボロの手で必死に泣きながら殴ってきてもちっとも痛くねえの。いやあ可哀想で見てらんなかったわ」

「いい加減、黙れよ…………」


 何があっても動じないようロイドは集中して心を落ち着かせる。


「ところで知ってるか? 火傷っていうのは傷が浅い方が痛くて、ある程度の深さになると痛みがなくなるんだとよ」

「……」

「どうも皮膚の下の神経まで駄目になっちまうと痛みが感じなくなるらしいぜ。熱傷深度で言うとⅢ度だな。試しに同僚炙った時に教えてもらったんだけどな」

「…………」

「安心しろって事だよ。痛ぇのは最初のうちだけだ。俺の火力が上がれば当然温度も上がる。そんな状態でもう一度触ってやれば痛みも吹っ飛ぶって寸法だ」

「……………………」

「ま。そんな事したらつまんねえからじっくり焦らして炙ってくけどな」

「──────────────……、────────────────……」

「あ? 何だって?」


 ダビーは黙っていたロイドの口元が動いたのに気付く。どうやら何か呟いたらしいのだが彼にはよく聞き取れなかった。彼女はもうどう見ても満身創痍なので殆ど喋れなくても仕方ないのだが。

 聞き返しても反応がないロイドに、


「……ったく。おい! 暑さで意識とんでねえだろうなあ!?」


 ダビーが愚痴りながらも律儀に近づいてくる。適当な距離まで大股で歩いてから彼女に向けて大袈裟に耳を傾けた。すると、


「……さっさと再開しろよウスノロ。すぐにその顔面にクレーター作ってやる」


 ロイドはまだ諦めてなかった。

 憔悴しきっている顔を改めて見れば、眼光鋭くダビーを睨み返していた。

 ダビーは一呼吸驚いた後、満面の笑みで早速戦闘態勢に入る。


「ぷっ──ハハハハハハハハ!!!! いいねえ! その意気だ!! そうこなくっちゃなあ!!!! ほら行くぞ、次はどこを炙られたいんだ!? 足か? 顔か? それとも背中か!?」


 触れれば火傷必至、防御不能の腕を伸ばしてくるダビー。

 ロイドは既に広範囲に火傷を負っている。何か悪足掻きをするつもりなんだろうがどうせ大した事はできない。なら後は自由に嬲り殺しするだけだ。

 そう勝利を確信したダビーの懐に、痛烈──ボディブローが突き刺さった。


「うグッ────あ?」


 固い拳が腹部にめり込み、身体がくの字型に折れ曲がる。

 ダビーは数歩ふら付きながら後退る。

 半径一メートル。ダビーを中心とした灼熱の中でロイドは反撃を開始した。


「何故だ……。どうして、その腕で……」


 更に追撃のストレート。

 額に脂汗を浮かべた困惑顔へ強襲する。

 だが二度目の攻撃は許さない。太陽の様な左手でダビーは受け止めた。

 悪臭が香り立つ。

 彼にとって嗅ぎなれた勝利の匂いが、肉を焦がす音と共に五感を刺激してくる。

 馬鹿め。

 思わずダビーの口元が緩んだ。

 一発だけ火事場の馬鹿力で戦えたんだろうがもう容赦しない。ダビーは掴んだ拳を残酷なまでに握りこみ、地獄の制裁を与える。

 これで激痛に悶えた所へ再び、今度は顔面に手形を付けてやろう。

 そう考えていた。


「は──?」


 三度伸ばした腕が簡単にあしらわれた直後──視界に火花が散る。

 いつのまにか視界から女が消え、澄んだ青空が広がっていた。

 ロイドのハイキックが彼の顎を捉えたのだ。ダビーが拳を掴んで離さないのをいいことにロイドは斜め後ろから爪先を勢い良く振り抜いた。

 風が舞い、熱気が吹き飛ばされる。間抜け面が歪んで殺人鬼が宙を舞った。


「がアァッ…………!!!!」


 今度はダビーが地面を転がった。

 回転しながら元々家だったものが崩れてできた瓦礫に突っ込み、呻き声をあげて後頭部を押さえている。


「あ、ぐ……はぁ、はぁ…………。な、んで、だ……」


 視界が回る。だが頭は回らない。

 どうしてこうなったのか、彼にはまだ理解できない。

 それでも必死に何か使える物はないかと上体を起こしながら手探りで瓦礫の下を撫でまわし始める。

 そこへゆっくりと土を踏みしめる音が近づいてくる。


「なんでお前は……なんでまだ、平気でいられる……? あんだけ丁寧に焼いてやったのに……。お前の腕は、もうまともな状態じゃないのに。なんで……」

「……平気じゃあ、ない」

「嘘を吐くなッ……! ならなんでまだ動けるんだ……!」

「嘘じゃ、ないって。はは……今だって、痛すぎて頭がどうにかなりそうだ……」

「ふざけるなよ……そんな奴は今まで一人だっていなかったのに……」


 無様に瓦礫の上を這いずるダビーの頭にロイドの影がかかった。

 いる。

 奴が、そこに。

 その瞬間、ダビーは勝利を確信した。

 影の中で輝く何かを見つけ、後ろ手に放った。


「ここだぁアアアアアアアア!!!!!!!!」


 ロイドの目の前、光に晒されたのは銀のナイフだ。

 元々隠していたのだろう。ここは彼の処刑場(ホームフィールド)だ、決しておかしい事じゃない。逃げ惑う死刑囚に希望を与えるために。あるいは最悪を想定して。

 何百回何千回と投げてきた彼の得意技。

 彼にとって相手を見ずにナイフを当てるなんて朝飯前、むしろわざと当てないように薄皮一枚残して投げ込む遊びさえ得意としていた。ましてやここまで接近されていれば外すことの方が難しいだろう。

 映った影、気配、足音。得た情報から完全に彼女の位置を、どの角度からどのモーションで投げればどの部位に当たるのかを把握し、放たれた。

 正確無比の凶刃はコンマ一秒とかからずに彼女の胸元に達すると思われた。

 後は振り返って、虫の息の彼女に止めを刺すだけ。

 簡単な仕事だ。


「…………は?」


 そのはずだった。

 直後、彼の希望は砕け散る。

 彼女の正拳が、焼け爛れた拳が、ナイフを粉砕した。

 易々と、飴細工のように。

 空気中に舞った破片が光を受けてゆっくりと輝いた。


「ありえない……」


 彼女の手と腕は酷い火傷に覆われているのに。

 まともに握れないはずだったのに。

 なぜ。

 答えは単純だった。


「別に、骨が折れたり指が千切れた訳でもない。痛いなら我慢するだけだ」

「……」

「めちゃくちゃ痛いけどな……クソッ。これ絶対跡が残るじゃねえか……」

「……………………イカレてやがる」

「お前が言うな。大量殺人鬼」

「それでも人間か?」

「自称炎人間が何言ってんだ? でもまあその通りだ」


 そう言ってロイドは自分の腕を捻る。

 普通なら回らない角度まで腕が回り、何かが外れた無機質な音が鳴る。

 そして肘から先が外れた。

 文字通りに、分離した。

 剥き出しの切断面からは血の一滴も流れない。代わりに幾つものケーブルが垂れ、明滅する光、鋼鉄のフレーム等の機械的構造が覗かれる。

 ダビーは失笑して、


「ハッ……なるほどな。お前も『人間モドキ』だったって訳か」

「機械モドキの機械人間。それが俺だ」

「ずりぃーよなあ。今まで痛がってたのは全部芝居だったのかよ」

「ふざけるな。痛いに決まってるだろ」

「あ?」


 ロイドは再び腕を()()して指の稼働を確かめながら、


「機械人間は普通の人より体が丈夫なだけ。痛覚は他の人とは何も変わらない」

「じゃあ……なんでまだ立ってられるんだ?」

「……聞かないと分からないなら、もう黙ってろ」


 そして呆れながら彼の顔面に拳を叩きつけ静かにした。

 白目を剥いて意識を失うダビー。付近を覆っていた膨大な熱気が風に吹かれて徐々に気温が下がっていくのを感じる。


「はあ、はあ……」


 振り返り、ロイドは静かに歩き出す。

 彼女を邪魔する者はいなくなった。処刑人が倒れ、死刑囚がまだ立っている。憲兵は目の前の光景が信じられないのか動けないでいた。

 それは住人達も同じ。相手は死刑囚。しかし町で悪政を働いていたダビーを倒した存在。けれども町の法が変わった訳でもない。話しかければ何が起こるか分からず不安なのだ。

 そうして雑踏が避けて自然とできた道をロイドが通っていく中、唐突に彼女の身体が傾く。


「「「あっ……──」」」


 疲労の蓄積と張り詰めていた緊張も緩みで、つい足がもつれてしまう。

 見ていた誰もが気付いたが、複雑な状況に中々誰も助けに入れず、


「ちょっと……!」

「ぅ…………?」


 動いたのはアンだった。

 ロイドが倒れる瞬間に彼女の上半身を支えるように地面との間に入ったのだ。ロイドは黙って彼女の肩を借りながら愚痴を聞く。


「ちゃんと歩きなさい。重いでしょ」

「ごめん、アン……」

「全くもう」

「まさかいきなり捕まって、町の人から『もうあの人は助からない』なんて聞くとは思わなかったわ」

「ははは……。心配、かけたね……」

「別に心配なんてしてないわよ。あんたが死んだらどうやって路銀稼ごうかって考えなきゃいけなくなっただけ」


 誰が見たって満身創痍な相棒にもアンは淡々と辛辣に返す。


「薄情だなぁ……」

「でも……ひとまずお帰り」

「うん。ただいま」


 そう呟いて彼女の頭をそっと撫でた。

次が最後です。


いつも評価してくださってる方、本当にありがとうございます。

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