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私の知らない初めての景色

あまりにもキレイなその光景に目を奪われた。

目前に広がるのは青。

地平線の彼方まで広がる海とその写し鏡のような雲一つない空。

ありのままの自然を感じさせる景色に私はしばし言葉を忘れ立ち尽くす。


「おーい、行くよ~」

そばで声をかけてきた親友の言葉ではっと我に返る。

私は「ごめんごめん」と謝りながら、親友……ミナのほうへ駆け寄る。

「そんなに景色気に入った?」

ミナはくすくすと笑いながら問いかけてくる。

「だってすっごいキレイだもん。思わず見入っちゃった」

「そっかー。私は見慣れてるからあれだけど……なんか新鮮」


今、私たちはとある離島にいる。

なにを隠そう私の大親友ミナのふるさとなのだ。

人口は一万行くか行かないか。

車があれば大体一時間程度で島を一周できるらしい。


ミナからの誘いを受けて、私はこの島へとやってきた。

夏休み中に一週間程度この島にいる予定だ。

島に行くのは初めてなのでもちろん緊張するのだが、私としてはこうしてミナの実家にお邪魔するほうが緊張した。


「で、どうやって行くの?」

今はフェリーから降りて、乗り場にいるところだ。

道中のフェリーでの景色もいいものだったが、こうして降りてみると海のにおいを乗せた潮風が吹きすさび、正しく異郷の場所に来たのだと認識させられる。


「うーん。歩きかな」

「何分ぐらい?」

「30分ぐらい」

私は空を見上げる。本日はお日柄もよく太陽が青い空にピッカピカに輝いている。

この中を歩くとなるとなかなかに骨が折れそうだ。


「結構かかるなー……。まあいいや。行こう」

まあこれも旅の醍醐味の一つ。そういうことにしておこう。


炎天下の中を二人でてくてくと歩く。

ミナは道中にある様々なものについて解説してくれた。

あそこに見える山はでかい虫がいっぱいいるだの、バスは一日に数本しかでないだの。

そんな他愛もない話をした。

実際に島に来てみると、思ったよりも田舎ではなかった。

ブランド物の服屋はあるし、おしゃれなカフェもある。

この島は観光地でもあるらしいのでそういう客を狙った店かもしれない。

ミナの話を聞きながら、周りのあれやこれやに目移りしていると。

「あ、もうすぐだよ」

ミナが100メートルぐらい先にある家を指さす。

結構大きい家だ。

なかなか趣がある。そう感じさせる家だ。


家の前までやってきた私たちは、ドアの横に設置されたインターホンを押す。

家の中から「はーい」と活気のある声が響く。


「あー!ミナちゃん、久しぶり!」

がちゃんと開かれたドアの先から中年の女性が現れた。

「おばさん、久しぶり」

「結構背のびた?もうすっかりお姉ちゃんになっちゃったねー」

ミナと目の前の女性はそんな会話を交わす。

なんというか、ほほえましい。

私は親戚づきあいというのをほとんどしたことがないので何とも新鮮な光景だ。


「あ、この子が友達?よろしくねー」

「初めまして。加藤ユミって言います。お願いします」

「私はミナちゃんのお母さんの姉の斎藤ひなこって言います。よろしく!」

そう言うとひなこさんは私の手を取り、満面の笑みで握手する。

エネルギッシュな人だ。

同時に親しみやすさも感じさせる。


「ここまで暑かったでしょう?上がっちゃって!」

家の中からは、クーラーの冷気が漏れ出て私の皮膚を冷やしてくる。

実際ここまで暑かったからありがたい。


「あ、ちなみに私の名前は……」

「いや、知ってるから」

ミナの言葉をスルーしながら家の中に足をふみいれる。

壁紙、置物、家具の配置……なにもかも新鮮でまるで異世界にきたような感覚だ。


しばらくの間私たちは3人でジュースやお菓子を飲みながら話をつづけた。

なんでもひなこさんはもう15年もここで一人暮らししているらしい。

昔は賑やかな家庭だったらしいが、島外に出たり死別したりで今は一人で生活しているとのことだった。


「この島が好きなんですね」

私がそういうとひなこさんは朗らかに笑う。

「まあねー、不便なことも多いけど……私は好きなんだよねー」


ここから私たちの一週間の島での生活が始まった。

不安な部分も多少あるが、せっかく島にきたのだ。目いっぱい楽しもう。

何より私は、ミナとの初めてのお泊りという事実に心が躍る気持ちを感じていた。

ミナは高校に入学した時からの友達だ。

頭はそこそこ良く、運動神経は普通。そして何よりの特徴として顔が良い。

整った顔のパーツに色素の薄い皮膚と髪色。

常人離れした美しさだ。クラスどころか学校で一番の美人だと確信している。

しかし同時に独特の性格をしている。有り体に言えば……変人だ。

そういうところでも常人離れしている。

どこか近づきがたい性格をしている。

いろいろと縁があって友達になっているが、彼女の言動に振り回されることも多かった。


そんな彼女の姿をこの島で改めて見ていると。

いつもの彼女のように思えるが、心なしか笑顔が多い気がする。

ミナはミナなりにテンションが上がっているのだろうか。


夜の10時頃。

ひなこさんの手料理を食べ(おいしかった)、一息ついていると。

「ねえ」

背後から声をかけられる。

振り向くとミナが立っていた。

「なに?」

「今からさ、行こう」

ミナはどこかいたずらっぽい笑顔を浮かべて言う。

「行くってどこに」

「……良いとこ」


気だるくなるような暑さは消え失せ、心地良い風が吹いている。

実に過ごしすい夜だ。


今私たちはそんな夜の道を歩いている。

ミナの言葉に誘われるままに。


島の夜は電灯が少ないのもあってなかなか暗い。

まあ、私はその暗さを感じることはないのだが。

私が言われるままにミナの後をついていこうとすると、ミナは

「目をつぶったまま着いてきて。わたしの服つかみながらさ」

などとこともなしげに言った。


というわけで、私は今律儀に目をつむりながら進んでいる。

一体どこへ行くのだろう。

そんな気持ちを口にだしても、ミナは「いいから」というのみだった。


歩くこと20分ほど。

「着いたよ」

ミナがそう言う。

「目、開けて良い?」

「良いよ」


目を開く。

あたりは真っ暗で明かりとなるのは月の光だけだ。

それでも目を凝らしてみると、目の前には海が広がっていた。

どうやらここは、砂浜のようだった。


「なんで、ここに来た?」

ミナは私の疑問には答えず、地面に腰掛ける。

そして隣の地面をたたき

「ここに座って」

と言った。


(やっぱり変な奴)

そう思いながらもミナと同様に腰掛ける。

―――なにをするんだろう。


そんな私の思いを知ってか知らずか、

「上、空見てみてよ」

小さく微笑みながら答える。

やはり私は言われるがまま空を見る。


―――あまりにもキレイなその光景に目を奪われた。

空に広がるのは、満点の星空。

手を挙げれば届きそうになるぐらいの空。

そして何より、模様までしっかりと見えそうなぐらいに大きい黄色い月。


今まで見たことのないそんな空が広がっていた。

言葉も忘れてそんな空を見ていると。

「すごいでしょ」

ミナの声が私の耳に響く。

「確かに……すごい」


私が半ば呆然としながらそう言うと。ミナはくすりとして、手を伸ばす。

「やっぱり、届かないや」


ミナは残念そうにしながら呟くとぽつりと語り始めた。

「私、よくここで一人で夜空見てたんだ。月も星も近くて、手につかめそうなぐらいに近くて。

 でもやっぱり手が届かない。そんな感覚がなんか楽しくてさ」


「へえー、ロマンチストじゃん」

「でしょ」

二人で笑いあう。


それから、私たちは話つづけた。

島のこと、ひなこさんのこと、山のこと、海のこと、空のこと。

輝く星空が見える特等席で、いつまでも。

彼女から島のことを聞くたびに、なぜひなこさんをはじめとする島の住民がここに住んでいるか分かった気がした。



「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

ミナはそういうとうーんと背を伸ばし、あくびをする。

「眠くなってきた」

私はこの景色から別れるのに若干の寂しさを覚えつつも離れることにした。


「ミナ」

彼女の名前を呟くと、不思議そうな顔で答える。

「なに?」

「連れてきてくれて、ありがとう」


ミナは私の感謝の気持ちには答えず、代わりに再び星空を見上げて、手を伸ばす。

「私さ、ずっと一人でこの景色を見ててさ。誰かと一緒に見るの初めてなんだけど」

ミナはそういうと私のほうを見つめる。

あたりは暗いがミナの顔ははっきりと見える。

「なんていうか、うん、悪くない」

穏やかで、楽しそうな彼女の顔がはっきりと。


私も手を伸ばした。

当然だが、届かない。

だが、何か、大切な何かをつかめた気がした。






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― 新着の感想 ―
 友人とのお泊りという、楽しいイベントと、故郷の島という特別な空間によって、美しい情景がさらに幻想的な雰囲気を演出しています。一言で言えば、「エモい」というやつでしょうか。  何気ない会話もさることな…
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