安全圏から高みの見物
「ぶっは!こいつマジで卒業パーティで婚約破棄しやがった!」
卒業パーティの最中、下品な笑い声が会場中に響き渡った。騎士団長の息子シリウマの声だった。
「あーあ、言っちゃったなあ王子、これでお前も終わりだよブヘヘヘヘ」
口から食べかすを撒き散らし、自分の太ももをパンパンと叩きながらシリウマは笑い転げていた。
「ブヘヘヘヘピーピッピつポキュキヤシュビドゥバ〜」
ひとしきり笑い切った後、シリウマは王子の方へ歩み寄り、ビシリと彼を指差して語りだした。
「よーく聞けこのアホ!卒業パーティで婚約破棄するなんて…ひじよーに非常識なんだよぉ!…ぷっ!グヘヘヘへー!韻を踏んてみましたぁ、ちぇふぇーい」
指摘の後、シリウマは再び笑いを耐えきれなくなりその場で転がり始める。そのすぐ後、屈強な衛兵がやってきて、婚約破棄した王子と共犯者達を捕まえていく。
「はい、ゲームオーバー!王子さんお疲れさまっしたぁ!ブヘヘヘヘ…お?」
シリウマも衛兵に連れて行かれる。
「ちょ、待てよ!何で俺もぉ!?トランキーロ、あっせんなよ!」
ブッ、ブッ、と屁をこきながらシリウマは引きずられて消えて行く。彼の残り香と食べかすと尿だけがその場に残った。
■ ■ ■
「あの、シリウマさん?もう私に関わらないでくれませんか?ハッキリ言います。私が貴方に接触したのは攻略キャ…、王子様に近付く為で、貴方の事は何とも思ってない、いえ、清潔感が無くて距離感が狂っていて気持ち悪いと思っています」
「かーらーの?」
「本心よ!本当は好きとか絶対無いから!」
「ばびーん、ショッキング」
半年前、シリウマはとある男爵令嬢に告白して完全玉砕した。そして、その失恋によりシリウマは男爵令嬢のストーカーと変貌した。
「あのアマ、女のくせに身分が低いくせに俺を見下しやがった…、絶対に許せねえ!付き纏って弱みを握ってやる!」
それから、シリウマは自分を振った男爵令嬢からピッタリ一メートルの距離をキープし、張り付き続ける様になった。何を言うでも無く、何をするでも無く、ただ常に後ろに存在していた。
そう、屋上で作戦会議を開いたあの日も、シリウマはそこに居た。王子と男爵令嬢と取り巻きが楽しそうに公爵令嬢に罪を着せる計画を立てる中、シリウマは男爵令嬢の視界ギリギリの位置でウンウンと相槌を打つフリをしながら話を聞いてニヤニヤしていた。そして、その一部始終は公爵家の影によって撮影され、冤罪作りの動かぬ証拠として提出されたのだった。
■ ■ ■
「なっ?な?俺は犯人グループに入って無いのは一目りょーぜんだろっ?」
尋問官から見せられた証拠映像を見て、シリウマは勝ち誇る。
「この映像だけでは、君が彼らと一緒に作戦会議していると見えるのだが」
「なーに、言ってるの尋問官さぁん!顔みりゃ分かるでしょ!俺みたいな『フツメン』が『イケメン』と同じ空気吸える訳ないじゃーん!俺は聞き耳を立ててただーけなの!」
「では、何故冤罪作りをしていた事を信頼できる他者に報告しなかったんだ?」
その理由はシリウマには信頼出来る他者がいなかったからである。その事をこの時点で正直に告白していれば、あるいは彼の末路も違っていたかも知れない。
しかし、シリウマが述べた理由は別だった。
「そりゃあ、卒業パーティで自滅してくれた方が面白えに決まってるからさ!俺のこの行為が罪なら、影の人達や、王子連中を笑っていた下級貴族達も同罪だろぉ?なら、俺は無罪。ノーギルティー!」
キス顔で尋問官を挑発するシリウマ。そこへ別の尋問官がやって来て、シリウマの取り調べをしていた男に耳打ちをする。
「ほう、成歩堂。シリウマ君、卒業パーティで婚約破棄した連中が白状したぞ。この事件の冤罪作りメンバーに君が入っていると」
「かーらーの?」
「事件に関わらなかったクラスメイトも、男爵令嬢の取り巻きをしていたとの目撃情報があった」
「かーらーの?」
「君の婚約者も、君がすっかり男爵令嬢に入れ込んでいて浮気を繰り返していたと証言があった」
「か、かーらーの?」
「そして、騎士団長が大事にしていた家宝が男爵令嬢の部屋のベッドの下から見つかった」
「…からの?」
「つまり、あらゆる証拠と証言が君が男爵令嬢の味方で共犯者だったのだと示してるんだよ」
「ズッコー!」
シリウマは椅子ごと後ろに倒れた。だが、これでチャンチャンとなり話が終わるはずも無い。卒業パーティの婚約破棄実行犯の一員となってしまった彼は、このままでは重い罰が下される。
「脂肪吸引をお願いします!」
シリウマの判断は早かった。関係者全員から嫌われ、有罪になる様に動いていると察した彼は、ここから無罪を証明するのを秒で諦めた。
「は?脂肪吸引?」
「俺、男爵令嬢の事それなりに調べて来ましたから、影とかあんたらが知らない事知ってるかも知れませんよっ!その情報をこれからぜーんぶ話しますんで減刑してくだちゃい!」
「ああ、司法取引ね」
「んじゃいっくぞぉ〜!爆笑!男爵令嬢の恋愛模様トップテーン!司会はこの私、シリウマがお送りしまぁす!」
シリウマは必死に自分が見てきた男爵令嬢の行為を全て話した。最初は減刑の為に必死なだけだったが、段々とエキサイトしていき、最終的にはただの愚痴になっていった。
「だからさー、俺は婚約者に言ったんだよ。俺の電流イライラ棒を爆発させるウッチャンヘアピンになって欲しいって。でも、あいつ断ったんだ。だから、誰とでも寝るって有名な男爵令嬢をナンチャンカーブにしようとしたんだよ。婚約者がしてくれないなら、他の女の穴を使えって事だろ?」
「あ、もうその辺でいいよ」
証言開始から三時間が経ち、うんざりした顔で尋問官がストップを掛ける。
「今の話で、もう必要無くなったから」
「つまり無罪放免!」
「逆だよ。貴人への数々の侮辱罪の現行犯。この国の法律ならば、今の分で終身刑がほぼ確定したんだよ」
シリウマの顔が絶望で真っ白になぅた。
「ま、待ってよミスター尋問官!アンタが話せって言ったから俺は」
「言ってないよ、なあ?」
もう一人の尋問官がうんうんと頷く。
「貴人って、あいつらは犯罪者だぞ!罵って何が悪ナッッオだよ!」
「裁判が終わるまでは、彼らは全員身分はそのままだよ」
「でもっ、公爵令嬢や執事はあいつらの事馬鹿にしていたじゃんか!」
「頭がお花畑なのねとか、この世界は現実よとかの事なら、あれは侮辱罪をすり抜ける為に生み出されたノーブルスラングだから罪には問われない。だが、君の低俗な暴言の数々は見逃せないな」
「何だよそれっ…!あんたら、婚約破棄したアホをあざ笑う舞台装置みたいなものじゃ無かったのかよ!何で、俺をイジメるんだよっ!」
唇を噛み締め震えるシリウマの尻を、屈強な衛兵が掴み持ち上げる。今度の行き先が独房であると気付いたシリウマは、一瞬で気絶しズボンが何倍にも膨れ上がった。
「マジすみまへんでした…俺、フツメンなのに、美男美女に交ざろうとしてました…それと、安全圏から高みの見物のつもりでしたが、ちょっと安全じゃありませんでした…」
独房に入れられたシリウマは、毎日壁に向かって反省の言葉を投げかけ、刑務官が来た時は寝たフリを続け、推定140歳で生涯を終えるまでの間、誰とも話さなかったという。