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第53話 呪いの剣(2)

 尻ごみをする敵を次々となぎ倒し、血の花を咲かせていたダリウスは、異様な気配を感じ取った。


「グワーッ、ギャーッ……」


 味方の戦闘奴隷が、身長2メートルはあろうかという大男に次々と討ち取られていく。彼は自分を目指して進んできているようだ。

 これ以上味方の被害を増やせないと思ったダリウスは、自ら男のもとへと近づいていった。


 男は、ダリウスが目前に迫ると手を止め、(にら)みつけた。


「てめえが銀狼か?」

「てめえらが勝手にそう呼んでいるだけだ」


「俺様は"呪いのワーグナー"だ。知らないとは言わせないぜ」

「ふん。知らんな。どこぞの小者が偉ぶっているだけではないのか?」


「何をぅ! ガキが調子に乗りやがって」


 ワーグナーは、たやすく挑発に乗った。冷静さを失ったように見える。


 ダリウスは、彼が持つ武器の禍々(まがまが)しい気配に注目していた。

 光魔法の使い手でもあるダリウスは、直感的に理解した。あれは呪われた武器だ。


(だとすると、少しばかりやっかいだな……)


 致命傷を受けなくても、掠っただけで何らかの呪いを受ける恐れがある。


 それに……。

 ダリウスが鑑定したところ、相手のレベルは62。ダリウスは59だったので、3レベルもの差がある。レベル差が1でも戦闘では大きく物を言う場合がある、これが3レベルとなると実力はかなり上だ。


 ワーグナーのジョブは、魔法剣士だ。

 二兎を追う者は一兎をも得ずで、魔法剣士はどっちつかずになり、結果としてパッとしないケースが多い。


 ワーグナーは、見たところ典型的なパワーファイターであり、魔法の方はたいしたことがないとダリウスは踏んだ。


(相手がパワーファイターなら、クイック系の俺はなんとか活路を見いだせるだろう……)


「死ねーーーーーーっ!」


 ワーグナーが上段に振りかぶり、ダリウスに切りかかってくる。

 これに対し、相手の剣に合わせてこれを受け流そうと前に進みでたとき……。


 ダリウスは、右足が動かず、前につんのめりそうになった。

 反射的に左足で踏ん張り、これを何とか()ける。


 右足は、ダリウスの影から伸びた触手ようなものに捕らえられていた。闇系の影縛り(シャドウバインド)の魔法である。


(くっ! まさか闇魔法の使い手とは! 抜かった!)


 ダリウスは、即座に触手に向け聖化(サンクティファイ)の魔法を無詠唱で放った。触手は、ジュッという音をたてて消滅する。


 その間にもワーグナーの放った斬撃がダリウスに迫ってくる。

 ダリウスはこれを()けるが、足と取られた分だけタイミングが遅れた。

 結果、ワーグナーの放った斬撃は、ダリウスの右頬を掠った。


 ただ掠っただけにもかかわらず、ダリウスは体の芯まで達したかのような激しい痛みを感じたが、これに耐えられないダリウスではない。


 すかざずワーグナーの(ふところ)に突進し体当たりをかます。だが、体格も大きく頑強なワーグナーはビクともしない。


 ワーグナーはニヤリと笑い、余裕の表情だ。

 とはいえ、ダリウスの狙いは、そもそも大剣(クレイモア)の攻撃を封じることにあった。懐に潜り込まれては、大剣(クレイモア)で攻撃することはできない。


 そして、ダリウスはワーグナーに体を密着させたまま、ほぼゼロ距離からワーグナーの心臓めがけて突きを放つ。

 これは幼いころから鍛えぬいた肩関節が極めて柔軟であるからこそ可能なダリウスの必殺技だった。

 初見でこの技を避けられる者は皆無である。


「何っ!」


 ワーグナーの顔は、驚きと恐怖に染まったが、もはや手遅れである。

 ダリウスの突きはワーグナーの心臓を貫き、ワーグナーは即死した。


 ダリウスがワーグナーを貫いた剣を抜くと、(おびただ)しい量の血が噴出し、白目をむいたまま死んでいるワーグナーの体はゆっくりと倒れた。


 しかし、ダリウスはワーグナーから受けた攻撃の呪いで体が痺れ、意識も朦朧としてきている。

 薄れゆく意識の中でなんとか聖化(サンクティファイ)の魔法で呪いを浄化し、気がつくと治癒(ヒール)の魔法で傷を癒していた。


 幼いころに母フェオドラに仕込まれ、治癒(ヒール)の魔法が体に染みついていたダリウスは、半ば無意識のうちにこれを発動していたのだった。ダリウスは、心の中で母に感謝した。


 頼みの綱である"呪いのワーグナー"を倒され、茫然(ぼうぜん)としていた敵の傭兵たちも、数舜後、冷静になった。


「奴は呪われて身動きがとれないはず。この隙に皆で()っちまえ!」


 敵傭兵の1人がそう叫ぶと、傭兵たちがダリウスめがけて殺到する。


 しかし、時すでに遅しである。

 傷を癒したダリウスの敵ではなかった。


 殺到した傭兵たちが、あっという間に3人ばかりダリウスに切り伏せられると、傭兵たちは顔色を変え、我先にとダリウスから逃げていく。

 蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げていく傭兵たちは、口々に「銀狼だーーーーーっ」と叫んでいる。この恐怖は、他の傭兵たちにも次々と伝染していく。


 これにより、敵左翼軍は総崩れとなった。


 これを見たダリウスは叫んだ。


「これより敵を駆逐(くちく)する。我に続け! Rush(ルゥ)-Angriff(シャングリフ)!」(突撃!)」


 ダリウスは一兵卒であり、指揮官でもなんでもないが、その号令に逆らおうとする仲間の戦闘奴隷は誰一人としていなかった。

 彼らには先陣を切って突撃するダリウスの背中がこの上なく頼もしく見え、これについていく限り、自分たちは無敵なのだと錯覚した。


 ダリウスを先頭にした戦闘奴隷部隊の右翼軍は、逃走する敵左翼軍を相手にせず、中央軍の後背に回り込む。


     ◆


 中央軍の後背に位置する敵傭兵部隊の本陣は混乱の極致にあった。

 左翼軍が崩壊しつつあることは察せられるが、詳細な情報が全く入って来ない。


 指揮官の不安は高まり、イライラの極致にあった。


「伝令は何をしているのだ!」

「それが……何の音沙汰(おとさた)もなく……」

「では、おまえが行って様子を見て参れ!」

jawohl(ヤーヴォル)! mein(マイン) herr(ヘル)!」(かしこまりました! 上官殿!)


 その直後、傭兵の1人が血相を変えて本陣に飛び込んできた。

 彼は叫んだ。


「指揮官殿! お逃げください! ぎ……」


 傭兵の言葉はそこで途切れ、バタリと前に倒れた。

 夥しい血が流れ、血だまりを作っていく。


 後ろから斬撃を食らい、絶命していたのだった。


 指揮官は、そこに銀髪のこの上ない美少年が立っている姿を見た。

 彼からは凄まじい覇気が感じられ、それは触れれば切れる鋭利な剃刀(かみそり)のような危険な雰囲気を(かも)しだしている。


 指揮官は、著しい戦慄(せんりつ)を覚え、鳥肌が立った。


(しまった! 銀狼か!)


 すぐさま悟った指揮官は、逃走を試みる。

 しかし、もはやダリウスの敵ではなく、後ろからバッサリと切られ、そのまま倒れた。


 薄れゆく意識の中で、指揮官は思った。


(あれは人間じゃない。化け物だ。人間の俺が勝てるわけが……)


     ◆


 戦闘を終わり、これまで大公軍に著しい損害を与えてきた"呪いのワーグナー"に加え、傭兵軍の指揮官を討ち取ったダリウスの名声は高まるばかりだった。


 この功績が評価され、多額の報奨金を得ることができたが、解放奴隷となるには至らなかった。


(これでもまだ足りないのか……)


 ダリウスは、かえって焦燥感を募らせていた。


 ダリウスの右頬の傷は、結局完治せず、跡が残ってしまった。

 単に剣に付与された呪いだけではなく、ワーグナーや散っていった傭兵たちの怨念が込められているのかもしれなかった。


 皮肉なことに、ダリウスの右頬の傷は彼のトレードマークともなり、その名声を広げることに一役買うことになった。

お読みいただきありがとうございます。


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