第53話 呪いの剣(1)
剣などの武器には、魔術により効果を付すことができる。
例えば、硬度や鋭さを増すといったことがそれだ。
だが、武器は、それ自体が攻撃力を持つものではない。
コンピュータゲームなどでは、武人の攻撃力に武器の攻撃力を加えたものがトータルの攻撃力だったりするのだが、現実にはそのようなことあり得ない。
名剣というものは、硬度や鋭利さに加え、それを使う者の技術に対するレスポンスが優れているもののことである。
武器の攻撃効果を高めるため、毒を塗ったり、黒魔術による「呪い」付与することもあったりするが、これらを非人道的として禁じる法は、この世界には存在しない。
騎士道精神に富む騎士たちは、このような武器を忌避したが、これを気にしない残忍な傭兵たちの中には、好んで使用する者もいた。
12歳となったダリウスは、まだ見習い戦闘奴隷であるにもかかわらず、一般の戦闘奴隷と肩を並べて戦っていた。
その己の命をも顧みない狂ったような戦いぶりに、周辺の戦闘奴隷たちは呆れ果て、ついには感心した。
「あの頭のおかしい戦い方は何だ? まるで狂戦士じゃないか……」
当のダリウスは、デリアとの幸せだった日々を取り戻さねばならないという自責の念に駆り立てられ、日々焦燥感を募らせていったのだった。
敵対する皇帝軍の中で、狂戦士のごとく戦う銀髪の少年の噂が浸透していく。
やがて彼が14歳となり、ようやく年齢的に一人前の戦闘奴隷と認められたとき、剣の腕前は師匠のマーティンのそれと拮抗するまでに至っていた。
そして皇帝軍の兵士たちは彼のことを、こう呼ぶようになった。
"Berserkerartiger Silberwolf"(狂乱の銀狼)と……。
皇帝軍の兵士たちは、ダリウスの銀髪を目にしただけで、震えあがり、恐れおののいたのである。
◆
ダリウスが一人前の戦闘奴隷となってしばらくしたある日。
皇帝軍が雇った傭兵軍とシュワーベン大公軍の戦闘奴隷の部隊が激突した。
相手の傭兵軍は自軍の1.5倍の数であり、戦闘奴隷部隊が使い捨てであることは明らかだった。
戦闘奴隷は、傭兵以上に便利に使い潰される運命にある。これは、その性質上やむを得ないことではあった。だが、ダリウスは、このような過酷な戦場を生き抜いてきていたのだ。
「Rush-Angriff!」(突撃!)
戦闘奴隷部隊の指揮官は、真正面からの突撃の号令を発した。
敵の数が1.5倍であるにもかかわらず、何の策も講じていない。
「自軍が全滅したとしても、敵軍の幾ばくかが削れればよい」という、戦闘奴隷の命を全く考慮していない意図が明らかに透けて見える。
◆
傭兵軍の司令官は、敵の戦闘奴隷部隊が何の策も講じずに、正面から突撃する様を見てニヤリと笑った。
(バカめ。そうくるならば、こちらは最小限の被害で殲滅するまでだ……自爆もいいところだな……)
数的優位というものは、軍同士が衝突する場合は、圧倒的に有利に働くものだ。
1.5-1=0.5などという単純な引き算にはならない。1.5-1=0.2、あるいは戦い方によってはそれ以上の効果を生じる。
現に戦況を見ると、自軍の右翼軍と中央軍は敵を圧倒し、敵に甚大な被害を与えつつあった。
しかし、左翼の様子がおかしい。敵軍を圧倒するどころか、逆に押され気味にすら見える。
指揮官は、イライラした様子で言った。
「左翼軍は何をしているのだ! 中央軍に遅れをとるなと伝えろ!」
「jawohl! mein herr!」(かしこまりました! 上官殿!)
これを受け、伝令が左翼軍に走る。
しかし、暫くして戻ってきた伝令の顔色は優れなかった。
指揮官は、またもイラついて問いただす。
「どうした? 何があったというのだ?」
「それが……例の銀狼が敵右翼にいるようでして……」
「銀狼? Berserkerartiger Silberwolf(狂乱の銀狼)のことか?」
「左様でございます」
「バカな。いくら強いといっても、たかが一人であろう」
「それが……あまりの強さに、左軍の兵士は恐れおののき、士気が下がる一方のようでして……」
指揮官は、呆れた表情で言った。
「なんとも見下げ果てたものよ。
おい誰か。左翼軍へ赴いて銀狼を討ち取って参れ!」
だが、これに応じる者は誰もおらず、本陣は静まり返ってしまった。
もう駄目かと思われたとき……。
「俺様が殺ってやるよ」と横柄な感じの声が聞こえた。
そこには身長2メートルはあろうかという屈強な体の大男が、血の滴る大剣を携えて立っていた。
どうやら、敵左翼軍と中央軍に強い者がいないと見て、本陣に戻ってきていたところ、"銀狼"の名前が聞こえ、乗り気になったらしい。
その大剣は、漆黒で、辺りの光を全て吸い込むかのような不気味さを漂わせている。それもそのはずで、その剣は黒魔術の呪いを付与されており、これが掠っただけで体は麻痺し、傷跡は塞がらずに出血し続け、やがては命を落とすというしろものだった。
「おおっ。ワーグナー少佐殿……"呪いのワーグナー"のご出馬とあらば、銀狼の命も風前の灯ですな」
「銀狼などとたいそうな名前を付けおって……所詮は戦闘奴隷になりたてのガキだろう。俺様の手にかかれば、一ひねりだ!」
この会話を聞いていた指揮官は、確信を込めて言った。
「よくぞ申した。トーマス・ワーグナー少佐。では、銀狼の奴めを見事討ち取り、ついでに敵右翼軍を蹴散らして参れ!」
「jawohl! mein herr!」(かしこまりました! 上官殿!)
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