第52話 奴隷狩り(2)
そして……
ダリウスが向かったのは、秘密の集合場所にしていた廃墟となった教会だった。
万が一の際は、ルートがデリアを連れて、ここに逃げ込むことにしていたのだ。
「ダリウス……無事でよかった」
「デリアこそ、怪我はないか?」
「うん。だいじょうぶ……」
ダリウスとデリアは、抱き合って無事を喜んだ。
ルートがそれを生暖かい目で見守っている。
しかし、その光景を遠くから冷めた目で眺める者がいた。
戦闘奴隷商のヘルダーリンである。
「ほう……そういうことですか……」
それから三日ほどして、また奴隷狩りがあった。
(今回はやけに早かったな……)
奴隷狩りといっても、そういつもいつもあるものではない。ダリウスは、いやな予感がした。
前回の教訓から新しく用意した逃走経路を通って、逃げおおせた。しかし、新しい経路とはいえ、簡単すぎないか?
ダリウスの不安は、更に募った。
そして……
秘密の集合場所にたどり着いたとき、ダリウスは、目を疑った。
ルートとデリアが後ろ手に縛られ、いかにも奴隷商と見える男たちに捕まっていたのだ。
その中の一番偉そうな男が口を開いた。戦闘奴隷商のヘルダーリンである。
「これはこれは子犬ちゃん。遅いお出ましで……重役出勤ですかな?」
「くそっ!」
ダリウスは、怒りのあまり、それ以上の声が出ない。
「頭のいいあなたなら、状況はおわかりでしょう?」
その言葉が合図であったかのように、ルートとデリアの頬に短刀が押し当てられた。
「ヒャッ」という悲鳴を上げ、デリアの顔は恐怖に染まった。彼女は泣き出しそうになるのを必死に堪えている。
ルートの顔色は青いものの、気丈にも平静を装っている。
「二人を傷つけられたくなければ、おとなしく捕まりなさい」
ヘルダーリンの静かなもの言いは、かえって緊迫感を煽るものだった。
「ダリウス……逃げて……」
デリアが必死に訴えたが、涙声になっている。
それを聞いたダリウスは、急激に怒りが収まり、むしろ冷静になった。
(二人を見捨てることなど……できない……)
ダリウスは覚悟を決めると、持っていた短刀を放り投げた。それはカランと音をたてて地面に転がる。
そして地面に座り込むと、いかにもお手上げといった感じで、言い放った。
「勝手にしやがれ!」
奴隷商の男たちは、慣れた手つきで、ダリウスをあっという間に縛り上げてしまった。
「じゃあ。この二人はいただいていくぜ」
…と言った男に、ダリウスは見覚えがあった。いつも奴隷狩りにくるあの男、リュッタースだ。
ダリウスは、リュッタースを睨みつけたが、それを歯牙にもかけず、ルートとデリアを引っ立てていく。
デリアが振り返って助けを求めるような目をダリウスに向けてくるが、もはやダリウスにはなす術がなかった。
(二人が怪我をしなかっただけでも、まだましだ……)
ダリウスは、唇を噛み締めながら、必死に自分に言い聞かせた。
◆
戦闘奴隷見習いとして訓練を始めたダリウスの実力は、教官たちの予想をはるかに超えるものだった。
通常は、戦闘奴隷としての訓練は、7歳でゼロベースから始めるものである。
しかし、ダリウスは、7歳にして既に大人を唸らせるほどの戦闘技術とセンスを持っていた。
このまま他の戦闘奴隷見習いたちと同じ訓練をするのではもったいない。
そこでダリウスの教官として白羽の矢が立ったのが、マーティン・ホフマンである。
彼は、リリエンタール一刀流の名人級の腕前を持っており、師範代候補の筆頭に挙がっていた人物であるが、普段の素行の悪さがたたり、その地位はライバルにさらわれてしまった。
これでふて腐れた彼は、道場を飛び出し、戦闘奴隷の教官として拾われたのだが、これにやりがいを見いだせず、仕事もおざなりになっていた。
だが、マーティンは、ダリウスを見て気に入った。退屈を凌ぐいい玩具だと思ったのだ。
マーティンは、Sの気もあったので、ダリウスをスパルタ式にしごきにしごいた。その訓練内容は、日々過激さを増していく。
当のダリウスには、信念に裏打ちされた意地があった。
いつか戦闘奴隷から解放されて、デリアを迎えにいくのだ。
戦闘奴隷として一人前となり、著しい戦功をあげれば、それも可能である。それは決して夢物語ではない。
ダリウスは、マーティンの過激な訓練に耐えた。
それは、マーティンの目には挑発的と映った。訓練は更に過酷なものとなり、他の教官たちが眉をひそめるほどとなっていく。
あるいは、涙の一つでも流して懇願すれば、少しは手加減してくれたかもしれない。
だが、ダリウス自身は、むしろこの境遇を天啓と思うことにした。
結果としてみれば、ダリウスには、マーティンのしごきに耐えうる才能と根性があったのだった。
そして、12歳になる頃には、まだ見習いであるにもかかわらず、一人前の戦闘奴隷と肩を並べて戦うほどの実力を獲得するに至っていた。
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