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第52話 奴隷狩り(1)

 どんなに強い武人でも弱みはある。

 それは得てして家族などの人間関係だったりするのだが、それを敵に悟らせず、隠すことは見逃されがちである。


 狡猾(こうかつな)な敵は、その情報を巧みに探り出し、躊躇(ちゅちょ)なく利用する。


 戦いというものは、本人の強さもさりながら、このような情報戦の局面も大きく物を言うことがあることは、忘れてはならない。

「ほう。Kleiner(クライネ) verrückter(ヴェルクター) Hund(フント)(小さな狂犬)ねえ……」


 トルベン・ヘルダーリンは、部下からの報告書を読んで(つぶや)いた。


警吏(けいり)の奴らも大袈裟(おおげさ)なことだ……)


「しかし、見るだけ見てみますか……」


 ちょうどこの日、ヘルダーリンの知り合いの一般奴隷商であるエミール・リュッタースが奴隷狩りをすると聞いていた。

 それを見学させてもらおう。


 ヘルダーリンは、リュッタースの事務所を訪れると、用向きを伝えた。


「見学はかまわねえが、ヘルダーリンともあろうものがいったいどういう風の吹き回しでぇ。 商売替えでもしようってのか?」

「面白い奴がいると聞いたのでな。様子見だ」


 リュッタースはそれを聞いて、手をポンと叩いた。

 思い当たることがあるようだ。


「もしかしてKleiner(クライネ) verrückter(ヴェルクター) Hund(フント)(小さな狂犬)が目当てか?」

「ほう。奴はそんなに有名なのか……」


「かなり()きがいい奴だからな。できれば捕らえたいが、今回も難しいだろうな。下手をするとこっちが怪我しちまう」

「それはますます面白そうだ……」


    ◆


 ヘルダーリンは戦闘奴隷、あるいは軍人奴隷と言われる奴隷を専門に扱う商人だった。


 戦闘奴隷は、奴隷の中では最も扱いの良いものだ。


 軍事的な技術・知能を小さなころから徹底的に叩き込まれ、そのため過酷な訓練を()いられることにはなるが、体を作るために食事はへたな庶民よりはよほど栄養のあるものが与えられる。

 私有財産の保有が認められ、戦功を上げれば報奨金も出る。


 そして、大きな戦功を上げ、能力が認められた者には解放奴隷となり、職業軍人となる道も開けていた。


    ◆


 ダリウスは、もうすぐ7歳になろうとしていた。

 7歳になったら血の兄弟団の見習いになるというヴァルターからの誘いがある。


 だが、ダリウスは犯罪集団の一員となることには、まだ抵抗感があった。


 彼はパン屋、大工などの堅気(かたぎ)の職人の見習いになれないかと何件か回ってはみた。

 しかし、結果は同じだった。


 6歳の子供が1人で見習いになりたいと言うと「親はどうした?」、「家はどこにある?」と必ず聞かれるのだ。

 答えあぐねると決まって「素性のはっきりしない者は雇えないな」と断られるのだった。


 見習いを取るということはボランティアではないのだ。当然の反応であろう。


(俺もついに覚悟を決めなければならないか……)


 血の兄弟団のヴァルターは、ダリウスのことが気に入ったようで、暇を見つけては彼のところへやって来て、稽古(けいこ)をつけてくれている。

 その期待にも応えねばなるまい。


 貧民街の不良グループのリーダーであったドミニクは、ようやく念願がかなって血の兄弟団の見習いになることができ、代わりにボリスがリーダーに昇格していた。

 歳の近い顔見知りがいるというのも、心強いでといえばそうである。


 そんなことを考えながら、スリの獲物を物色していると町の様子が騒然としている。


「ちくしょう。離せ。離しやがれ!」


 ダリウスは瞬時に悟った。

 これは奴隷狩りだ。誰かが奴隷狩りに捕まったのだ。


 ダリウスは、すぐさま町の細い裏路地(うらろじ)に逃げ込んだ。そのまま、いくつか用意してあった逃走経路の一つを辿(たどる)る。


 だが、逃走経路から少し開けた場所に出た時、短刀(ダガー)を携えた男が10人ばかり立ちはだかった。


(くそっ! 待ち伏せされたか!)


 ダリウス自身、そろそろ新しい逃走経路を開発しなければと思っていた矢先だった。

 リュッタースも、今度こそはと、過去の経験からダリウスの逃走経路を割り出していたのだ。


 ダリウスは躊躇(ちゅうちょ)しなかった。

 そのまま真っ直ぐ突進すると、左右に身をかわしながら次々と男たちの手の下をかい(くぐ)っていく。


 最後に、男が3人横並びでダリウスの行く手を(ふさい)いでいた。左右に迂回(うかい)するのは難しそうだ。


 覚悟を決めたダリウスは、短刀(ダガー)を構え、中央の男へと突進する。


 男が突き出した短刀(ダガー)()わすと、横合いからその手の(けん)を切りつける。

 男はその痛みに「グアッ」と声をあげると、短刀(ダガー)を取り落とした。


 ダリウスは、突進した勢いのまま男の腹に頭突きを食らわせた。その衝撃で男は尻もちをついた。


「このガキ!」


 左右の男たちは、短刀(ダガー)を腰の当たりに構えると、ダリウスに向けて突進し、(はさ)み撃ちにしてきた。


 ダリウスは、それを低く(かが)んで()ける。


 「「グウッ!」」


 男二人は、間抜けにも同士討ちになってしまった。


 その隙に、ダリウスは、尻もちをついている中央の男の上を低い姿勢で飛び越えた。そのまま地面に手を突き、クルリと前転すると、その勢いのまま逃走していく。


 (あわ)てて他の男たちが後を追ったが、程なくして見失ってしまった。

お読みいただきありがとうございます。


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