第50話 小さな狂犬(2)
だが、この手の犯罪には、大人のプロの犯罪集団があった。
自分たちがこれをやる場合は、競合関係が生じる訳だが、ドミニクは当該集団と顔繋ぎができており、幾ばくかの上納金を払って見逃してもらっているようだ。
ドミニクとしては、このまま気に入ってもらえたら、正式にプロの犯罪集団の仲間に入れてもらい、貧民街を出ていくつもりらしい。
ダリウスは、個人的にはプロの犯罪集団とは繋ぎをつけておらず、上納金の方も払ってはいない。
必然的に、ソロでの活動は彼らの目を盗んでということになるが、それには限度があった。
ついには犯罪集団の一員に見つかってしまう。
「俺たち"血の兄弟団"の縄張りを荒らすたあ、不逞奴だ。痛い目を見せてわからせてやるぜ」
大人との正面対決を不利と見たダリウスは、必死に逃げた。
大人が通れないような狭い路地を駆使し、その日は何とか逃げおおせたが、奴らはしつこかった。
後日、兄貴分のヴァルターを連れてくると、3人掛かりで襲ってきた。
今回も必死に逃げたが、ついには狭い路地に追い込まれてしまった。
「さんざん手こずらせやがって。追い詰めたからには、こっちのもんだぜ」
(ここはおとなしく従っても舐められるだけだ……)
ダリウスは戦うことを決意した。
同時にかかって来られたら太刀打ちできないので、瞬間瞬間に1対1になるように間合いを調整して動き回る。
「この野郎……ちょこまかと……」
一番若い三下がいきなり短刀を突き出してきた。
これを最低限の動作で避け、突き出した腕に関節技をかけて全体重をあずけると、「ゴキッ」と鈍い音がした。肩の関節が外れたようだ。
痛さで「ぎゃーっ」と喚く三下から短刀を奪うと、これを構えて素早く残りの二人に対峙する。
2人になっても基本は同じだ、1対1になるように間合いを調整して動き回る。
1人が痺れを切らして短刀で切り込んできた。
これも最低限の動作で避けると、短刀で腕の腱を切りつけた。男は痛みで「ううっ」と呻くと短刀を取り落とした。
そして3人目。
こちらは実力が他の2人よりも一枚上手だった。
短刀で切り付けてくるが、隙がなく、なかなか反撃を許してくれず、次々と切りつけてくる。
そこでダリウスは、それを冷静に避けながらタイミングを計り、敢えて男の懐に飛び込むと金的を思いきり蹴り上げた。
それが見事に決まり、男が悶絶しているところに二本指で目潰しをかました。
最後に、これを傍観していたヴァルターが進み出てきた。
ダリウスは、短刀を構え、彼を鋭く睨みつける。
が、彼の反応は意外なものだった。
「はっはっはっ……ガキのくせにやるじゃねえか。気に入ったぜ。
こっちとしては上納金さえ払ってもらえば、問題ねえ。今回のことは水に流してやろう」
「しかし、兄貴……」
「うるせえ! こんなガキに出し抜かれやがって、なさけねえ。
てめえこそ鍛え直してやる。血の兄弟団から叩き出されないだけ有難いと思え!」
「へ、へえ……」
そこでヴァルターはダリウスに向かって言った。
「ガキ。名前は?」
「ダリウスだ」
「俺はヴァルターだ。覚えておけ。もし、てめえが7歳まで警吏に捕まらずに今の仕事を遣り果せたら、血の兄弟団の見習いとして入れてやろう」
「わかった。考えておく」
「けっ。可愛げのねえやつだ。血の兄弟団に入れるってことは名誉なことなんだぜ」
「そんなこと知るか。入るかどうかは、その時考える」
「そうか……期待してるぜ。その短刀は記念にてめえにやろう」
そう言うと血の兄弟団の男たちは去っていった。
帰り道。血の兄弟団の三下はヴヴァルターに疑問をぶつけた。
「兄貴。何であんな奴なんかを?」
「てめえ、奴に手加減されていたこともわからねえのか?」
「えっ!?」
「奴はあの歳で相当な武術の訓練を受けてやがる。短刀を奪われた時点で、喉笛を掻き切るなりすればてめえは死んでいた。
もっとも、その場合は、面子もあるから組織の全力を挙げてもガキをバラすことになっただろうがな……」
「そんな……」
「奴はそこまで頭が回るってことだ。てめえなんかよりもよっぽど使えるぜ。まったく、あの歳でこれとは末恐ろしいことだな……」
血の兄弟団は、アウクトブルグの町でも一番の勢力を持つ犯罪組織で、入団条件は組織の害になる人間を殺すことという物騒な集団だった。
ヴァルターは、その中でも腕利きとして知られた人物であった。
彼は、ダリウスのことがよほど気に入ったらしく、ときどきダリウスの前に現れては、短刀による戦い方を教えてくれるようになった。
短刀による戦いは、剣とは違った間合いがあり、格闘術と組み合わせることで、より柔軟な戦い方ができる。
また、場合によっては、投擲もできるという特徴もあった。
ダリウスはなんだかんだいってヴァルターには心の中で感謝していたが、素直に血の兄弟団に入るかどうかは、戸惑いがあった。
ヴァルターが7歳という条件を付けたのには理由がある。
帝国で信仰されている神聖教では、子供は7歳になるまでは神の使い、すなわち天使であり、7歳になって初めて人となるという考え方があり、これが一般に根付いていた。
これは医療水準が低く、子供が夭折することが多かったため発生した考え方であろう。
血の兄弟団も世間の慣習に倣い、7歳を見習いとしての最低入団年齢としていた。
ただ、これは絶対という訳ではなく、ルードヴィヒやダリウスのように、7歳になる前に英才教育を施すことは絶対に禁じられている訳でもなかったが……。
ドミニクは、ダリウスがヴァルターと親しくしていると知り、嫉妬した。
自分はもう成人になる手前だというのに、血の兄弟団の見習いになれていない。
だからといって、嫉妬の心を露にしたら、他のメンバーから狭量な人物と思われてしまう。
ドミニクは、それとなく失敗しそうな困難な仕事をダリウスに振ってみるのだが、彼は難なくこなしてしまう。
それによりメンバーのダリウスに対する信頼は高まっていくという皮肉な結果となっていくのであった。
ダリウスが派手に活動するにつれ、警吏たちのマークも厳しくなっていく。
だが、彼の逃げ足には一層磨きがかかり、仮に追い詰めても短刀をかざして抵抗してくるので、それにより怪我をさせられた警吏も数知れなかった。
ダリウスは、6歳となる頃には、いつしか警吏たちの間で、"Kleiner verrückter Hund"(小さな狂犬)という二つ名で呼ばれるようになっていた。
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