第49話 貧民街
帝国で信仰されているルマリア教には"財産を持つ者に天国の扉は開かれない"という思想が存在しており、富裕層は教会に喜捨し、物乞いや貧民に奉仕することで天国への扉を開くことを望んでいた。
この意味で物乞いや貧民は社会的な必要悪でもあったのだ。
このため、物乞いでもなんとか生活を営むことはできており、中には病人や心身障害者のふりをしてまで物乞いを行うプロもいた。
といってもこれは上昇志向のない怠惰な者たちの話であり、若くて野心のある者は貧民街を出ていく機会を狙っていた。
しかし、身元の保証がない貧民たちが真っ当な職に就くことは難しい。出ていくといっても、農奴であったり、犯罪まがいのことを行う集団だったりといったものがせいぜいだった。
貧民街といっても、そのような街区がある訳ではない。
橋や大木の下、公園の東屋など、雨露をしのげる場所に、掘っ建て小屋というのもおこがましいような粗末な小屋を流木などで建てたものが自然発生的に並んでおり、これを貧民街と称しているのだ。
ダリウスは、住む場所を求めて、橋の下の貧民街を放浪していた。
幸い。冒険者見習いとして父のドミトルに食べられる野草や木の実などを少し学んでいたので、これを採取してなんとか飢えをしのいでいた。
自宅を叩き出されて3日目。
たまたま雨が降らなかったのが幸いだったが、いつまでそれが続くかわからない。とりあえず雨露をしのげる場所の確保が先決だった。
ある橋の下で、ふと中年の男女に声をかけられた。
「てめえ新入りか?」と男は偉そうな口調で言う。
ダリウスはこの辺りのボス的な存在と察し、丁寧な口調で応えた。
「はい。どこか雨露をしのげる場所がないか探しているのですが……」
「なら、そこの小屋を使えばいい」
「本当にいいんですか?」
「持ち主はどこかに行っちまった。大方どこかでおっ死んだか、奴隷狩りにでも捕まったかしたんだろう」
「奴隷狩りなんてあるんですか?」
「ああ。てめえもいいカモになりそうだから気をつけな」
「わかりました」
「それから、そこに住むからにはショバ代を俺に払うんだ。いいな」
「金などは持っていませんが?」
「物納でいい。採取してきた食い物などの分け前を寄こせ」
「はい。そういうことなら……」
「名前はなんという?」
「ダリウスです」
「俺はヴィルギル、そしてこいつはルートだ。せいぜい死なねえ程度に生きて、ショバ代を払ってくれや」
貧民にも縄張りというものがあるらしい。
ヴィルギルは、この橋の下を縄張りとするグループのリーダーだった。
小屋を紹介してくれたのも、親切というよりは、ショバ代の確保が目的のようだった。
ヴィルギルはいつもダリウスに対して素っ気なかったが、ルートの方はダリウスに同情しているらしく、貧民街の暮らし方などを教えてくれた。
ダリウスは一切の現金を持ち合わせていなかったので、風呂屋へもいけなかった。
貧民街の人たちも状況は似たようなもので、橋の下の川が風呂代わりとなっていた。川は町の生活排水が流れ込むので、水質は悪かったが背に腹は代えられない。
真っ昼間からというのも憚れるので、ダリウスは夕暮れの薄暗がりのなかで、川に入り水浴びをしていた。
ふと背後からルートに声をかけられたので、振り返ると彼女は全裸だった。彼女は見事な乳房を隠そうともしていない。
不意に全裸を見せられたダリウスは思わず股間が反応してしまう。
「あらあら。お××××が天狗になっちゃった。可愛いねえ」
ダリウスが住む小屋は、ルートが住む小屋にほど近く、ほぼ毎夜、ルートのなまめかしい声が漏れ聞こえてくるのだった。
まだ小さいながらも、その意味がわからないダリウスではなかった。
ルートのなまめかしい声がダリウスの脳裏に蘇る。
ダリウスは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまったが、どう返してよいかわからない。
「あんた石鹸も持っていないんだろう。あたしが洗ってやるよ」
「……ありがとうございます」
ルートは子供の面倒をみる母親のようにダリウスの全身を石鹼で洗ってくれた。
「ここが一番汚れるから、ちゃんと洗わないとね……」とお××××まで洗ってくれる。
が、その刺激で更に反応してしまうのだった。
ルートは、それを気にするでもなく、ニコニコしている。
ルートにしてみれば、母親代わりのようなつもりかもしれないが、ダリウスはどうしても彼女を女として意識してしまうのだった。
食料については、週に一回、教会の炊き出しもあったし、それ以外の日は採取した野草や木の実を採ったりしていたが、一番のご馳走は川にいる鯉だった。
鯉は、決まった時間になると群をなして回遊してくる。
ダリウスは竹を削って、先端を尖らせ、返しをつけて銛のようなものを作り、これで鯉を突いて獲った。これも武術の修練の賜物だ。
鯉は、そのまま食べると泥臭いので、生かして捕らえ、泥吐きをさせてから調理するのが普通だが、そうも言っていられない。
不味いとわかっていても、鱗と内臓を取って、ぶつ切りにし、これを煮たり、焼いたりして食べるのだったが、調味料がないので、味気なかった。
「いつも悠々と泳いでいるのは見えるんだけどね。鯉が獲れるなんてたいしたもんだね」
獲れた鯉をショバ代としてルートにお裾分けすると、とても喜んでくれた。
そしてきちんと味付けした鯉を食べさせてくれたのだった。
調味料にしても、石鹸にしても、生活必需品は現金がないと手に入れられない。
先立つ物がないと始まらないと思い、プライドをかなぐり捨てて物乞いの真似事をやってみようとしたが、これも縄張りがあるようで、稼げそうな場所からは先輩たちから追い出されてしまった。
中には「御貰いでございます」と言って積極的に各家庭を訪問する者までいたし、その場合、かなり稼いでいるようではあったが、そこまでプライドを捨てることはできなかった。
(いっそ万引きなどの犯罪行為をするしかないのか……)
ダリウスは思い悩んだ。
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