第46話 三羽烏
鷹の爪傭兵団には、若手三羽烏と呼ばれる3人の猛者がいた。
ダリウス、ローレンツ、ルーカスの3名である。
鷹の爪傭兵団のアウクトブルグ駐屯軍に属する彼らは、それぞれの出自も、使用する武器も異なる個性的な3人だったが、プライベートな関係は別として、戦場においては互いに背中を預け合う信頼関係で結ばれていた。
ダリウスは、戦闘奴隷あがりで、幼少期からひたすら剣術の腕を磨いていた。
ローレンツは、皇帝軍の老将として尊敬を集めるハンペル将軍の次男であったが、騎士となる道を拒絶し、自ら傭兵の道を選んだ。彼はモルゲンスタインという変わった打撃武器を使う。
ルーカスは、傭兵の名門であるビュッセル家に生まれた傭兵のサラブレッドで、弓使いだ。
そんな3人は、今日も過酷な戦場に駆り出されていた。
「Rush-Angriff!」(突撃!)
指揮官が命令を発すると、強面の顔をした兵たちが敵めがけて突進していく。
彼らは金銭などの利益により雇われ戦争に参加する兵、すなわち傭兵である。
「まったく……今度の雇い主は、俺たちのことを単なる捨て駒としか思っちゃいねえ」
優に2メートルを超えようかという身長の筋骨隆々とした大男が隣を行く兵士にぼやいた。
「それは今に始まったことではない。俺たちは粛々と依頼をこなすだけだ」
「ちっ。相変わらず、可愛げのない野郎だぜ……」
大男の名はローレンツ。
その腕の太さは女性の太ももほどもある、怪力無双の男である。
モルゲンスタインという変わった武器を左右の手に持っている。
モルゲンスタインは英語でモーニングスターといい、柄の先に球状の鉄塊を有し、その表面に無数のトゲが生えている打撃武器である。その重さ故に使い手を選ぶが、その威力は凄まじく、鉄の鎧であろうと破壊できる。
話しかけられた男の名はダリウス。
銀髪に薄い青色の瞳で、女性と見まごうような色白で整った顔立ちをしていて、左目の下にはお決まりの泣き黒子まである。
だた、彼の右頬には縦に一文字の刀傷があり、それがかろうじて傭兵であることを主張していた。
彼はリリエンタール一刀流剣術の名手で、その狂戦士じみた凄まじい戦いぶりから"Berserkerartiger Silberwolf(狂乱の銀狼)"という二つ名で恐れられる存在だった。
今、彼らが突撃しようとしている相手は、重装騎兵だ。
全身をフルメタルの鎧で固めた鉄壁の守りで、人の身長を優に超える長さの突撃槍を構えて騎馬で突進してくる攻撃力は凄まじく、現代でいう戦車のような存在だった。
片や、傭兵たちの方はほとんどが歩兵である。
戦術の常識的には、重装騎兵には重装騎兵を持って当たるのが常道である。
ローレンツが"捨て駒"だとぼやいたのも無理もない話だったのだ。
先に接敵したのはダリウスだった。
彼は身長が180センチメートルを少し超えるくらいで、大柄な男が多い神聖ルマリア帝国においては平均的なものだったが、敏捷性や身軽さでは群を抜いていた。
彼は、突撃槍の一撃を易々とかい潜ると、ジャンプして重装騎兵に体当たりを食らわせて落馬させ、その馬を奪った。
落馬した重装騎兵ほど惨めなものはない。
一人で立ち上がるのも一苦労なうえ、一人で乗馬することは不可能だった。
あっという間に、周りにいた傭兵たちが群がると、鎧の隙間から剣を差しこんで重装騎兵の命を絶った。
騎馬したダリウスは、奪った馬を疾走させ、そのまま重装騎兵の列に突撃していく。
繰り出される突撃槍の一撃をいなすと、懐に入り込み、突撃槍を持っている右腕を切りつけた。
鉄壁の守りを誇るはずのフルメタルの鎧は紙のように切り裂かれ、重装騎兵の腕が千切れ飛んだ。
彼の持つ剣はオリハルコンという極めて希少な金属でできており、これに闘気をまとわせることで、その鋭い切れ味は鉄をも紙のように切り裂くのである。
ダリウスは、更に陣形をなす重装騎兵に襲いかかると、敵の間を縫うように馬を疾走させ、すれ違いざまに左右の敵を切り伏せていく。その様は、血の花が乱れ咲くがごとしであった。
一方、ローレンツの方は力技が冴えていた。
突撃槍の一撃をモルゲンスタインではね返すと、その衝撃で突撃槍は折れ曲がった。
そのまま重装騎兵がのる馬に体当たりを食らわせ、落馬させると馬を奪い、疾走させた。
続けて彼は重装騎兵の列に突撃する。
彼がすれ違いざまにモルゲンスタインを振るうと、フルメタルの鎧も敵の内臓もろともにひしゃげて潰れるのだった。
だが、二人の奮闘も局地的なものである。他の戦場では、当然に重装騎兵が徒歩の傭兵たちを圧倒している。
それでも、鉄壁の守りのはずの重装騎兵をものともしない二人を目の当たりにした敵の重装騎兵たちは動揺し、戦列が乱れた。
重装騎兵を指揮する中隊長と思しき男が「落ち着け。戦列を乱すな!」と督戦している。
その時、空気を切り裂く矢の音がしたかと思うと、当該中隊長の眼球を射抜いた。
眼球の裏は脳に直結している。当然に即死だった。
隊長を失った敵重装騎兵は益々浮足立った。
「二人が戦列を乱してくれたおかげで射線が通ったよ。ありがとさん」
二人の後ろから長弓を構えた優男が飄々として言った。弓の名手、ルーカスである。
ローレンツがぼやいた。
「けっ。ルーカスの野郎か……いつも美味しいところばかり持っていきやがって……」
「まあ、そう言うなよ。半分は二人のお手柄だからさ……」
ダリウスはこんなやり取りを歯牙にもかけず、再び敵重装騎兵に突撃していく。ローレンツもこれに倣った。
ルーカスは、残る小隊長と思しき者たちの眼球を正確に射抜いていく。
これで戦局は一気に逆転した。
戦いは混戦となり、重装騎兵の騎馬突撃が封じられると、重装騎兵たちは次々と馬から引き落とされていく。
ついに、これに危機感を覚えた敵重装騎兵中隊の副官は、撤退を指示した。
トータルとしてみた結果は、両者の痛み分けといったところであった。
重装騎兵対歩兵という圧倒的な不利の状態でのこの戦績は、上出来と言ってよかった。
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