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第45話 背中の秘密(2)

 翌朝。

 朝食を共にしたミヒャエルとルードヴィヒは、極めてバツが悪い思いをしていた。


 ルードヴィヒは、思い切って疑問を口にした。


「おめぇ。ズボンなんてはいて、なじょして男のふりなんてしとったがぁ?」

「あれはパンツスタイルというやつだ。別に男のふりをしていた訳じゃねえ。周りが勝手に男だと決めつけていただけだ。まったく……パンツスタイルの女子は他にもいるというのに、何で俺だけ……」


 事実、ミヒャエルは、性同一性障害などではなく、単にスカートをはいて足を見せるのがいやだったことと、ズボンの方が動きやすいという単純な理由で、男っぽい恰好(かっこう)をしていただけだった。


 だが、ボーイッシュな見てくれのミヒャエルは男だという周りの誤解した認識が固定してしまい、引くに引けなくなってしまっていた。


 そもそもミヒャエル自身は、男子への興味もないではなかった。


「そんだども、なじょして男風呂なんて入ってきたがぁ?」

「俺は男だと思われてるんだから、しょうがないだろう。女風呂になんか入ったら、女どもが悲鳴をあげて逃げちまう」


(そりだすけ、深夜の人のいねえ男風呂に入ってきたっちぅことけぇ。ご苦労なこったのぅ……)


 ルードヴィヒは、ミヒャエルの身上(しんじょう)に少しばかり同情した。


「そんだども、自分のことを"俺"なんて言うおめぇも(わり)ぃんだもぅさ」

「おまえの田舎だって、女の人は"俺"と言っているじゃないか」


「よく知っとるのぅ。確かにシオンの町じゃあ、女(しょ)も"おれ"か"おら"を使っとるのぅ」

「それ見ろ。俺だけが異常な訳じゃない」


「そんだども、"ミヒャエル"っちぅ名前(なめぇ)も普通は男衆(おっこしょ)が使うろぅ」

「親父に言わせれば、天使の性は中性だから、どちらでも使えるということらしい」


「確かに、教会の教えからすっと間違(まちげ)ぇではねぇが……」


 ルードヴィヒは、かつて見たミカエル(ドイチェ語読みでミヒャエル)の姿を思い浮かべた。


(あの姿は、どう見ても男だもぅさ……)


「おめぇもまちっと胸がありゃぁ女(しょ)()ぇるがぁどものぅ」


 ミヒャエルは、胸もしっかり見られたことを再認識し、真っ赤になってしまった。それに、よりにもよって自分がコンプレックスに思っていることをズバリ指摘するなんて、無神経にも(ほど)がある。

 そう考えるほどに、怒りも込み上げてくる。


「くっ……AAカップで悪かったなぁ!!」

 ……と言いうや否や、ミヒャエルの右ストレートがルードヴィヒの顔面に炸裂(さくれつ)した。


 ()けられないことはないが、ルードヴィヒは、あまんじてミヒャエルの制裁を受け入れる。

 ミヒャエルのパンチは、見事にルードヴィヒの右(ほほ)を捕らえ、そこに赤いパンチの跡がついた。


()ってぇのぅ。女(しょ)は、普通すっけんことせんろぅ」と頬を(さす)りながら苦情を言うルードヴィヒ。


 が、ミヒャエルは、ムッツリとした表情で、その言葉を無視している。


「……とにかく、このことは秘密だからな。学校で言いふらすなよ」

「そんだども、こっからどうするがぁ。いつまでも隠し通せるもんでもねえろぅ。いつかは結婚もするろぅし……」


 そうのんびりと言ったルードヴィヒの言葉に、ミヒャエルは、再びぶち切れた。


「"いつかは"って……この無責任男があ! 他人事みたいに言うな! 学園を卒業したら、すぐに責任をとってもらうからな! 覚悟しとけ!」


「ええっ! そりって、確定事項なんけぇ?」

「うるさい! 女の純潔を踏みにじった(やから)なんかに選択の余地はねえんだよ!」


(そらぁ大袈裟(おおげさ)っちぅもんでねぇけぇ……)

 ……と思いつつも、ルードヴィヒは、全否定はできないでいた。


 だが……。

「まあ……Es(エス) kommt(コムトゥ) wie(ヴィー) Es(エス) kommt(コムトゥ)……」(なるようになるさ……)


     ◆


 その後も、学園の男子グループでは、エッチな話が度々話題に上った。

 今日もミヒャエルは不快感を覚え、いつもどおりその場を後にしようとしていた。


 だが……。


「待てよミヒャエル。男のくせに、いつもいつも清純ぶるんじゃねえよ」


 男子生徒のその一言により、ミヒャエルの我慢の限界は「プチッ」という音をたてて切れた。


「"男のくせに"……だと……俺は……俺は……女だぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ミヒャエルの叫び声は、教室中に響き渡った。

 ミヒャエルは、興奮のあまり、ハアハアと荒い息をしている。


「えーーーーーーーーーーーっ!」


 クラス中の生徒が驚愕(きょうがく)し、ミヒャエルに注目した。

 ミヒャエル支持派の女子生徒たちは、衝撃のあまり眩暈(めまい)を覚え、その多くの者がその場に倒れ込んだ。



 しかしである。ミヒャエル支持派の女子たちは、雑草のように(たくま)しかった。


 一部の女子たちは脱落したものの、多くの女子たちは、ミヒャエルのことを"ミヒャエル様"と呼び、宝塚の男役スターのように扱いだした。


 ミヒャエルは、当初戸惑っていたが、今では満更(まんざら)でもないといった顔をしている。

 また、女子たちへの当たりも、以前よりもマイルドになっていった。


 どうやら女というものは、性的な感情とは別に、カッコ良い女子に憧れる性質を持っているらしい。Rote(ロゥテ) Ritter(リッター)(赤の騎士団)のエーベルハルト中佐が、その良い例だ。

 そういう意味では、男女を問わず、中性的な存在というものが怪しい魅力をもって見られるということには、普遍性があるように思える。もっとも、本人たちにその自覚があるかは謎であるが……。


 一方で……。


(何で男子の俺より、女子のミヒャエルの方がもてるんだあぁぁぁ!)


 次は自分の番だと淡い期待を抱いていた男子たちは、女子が女子にもてることに理不尽さを感じ、ため息をついていた。

お読みいただきありがとうございます。


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