第44話 狂乱の銀狼(1)
ミヒャエルは、次第に高まっていく焦燥感を覚えていた。
彼の目的は、ルードヴィヒとの交友を深め、自己の能力や人格を磨いていくことにあった。
無事学園に入学し、Sクラスに編入されるまでは良かった。
しかし、ミヒャエルとルードヴィヒは、双方とも社交的ではなく、放っておいたら、いつまでたっても、その距離は縮まらない。
そこで、ミヒャエルの方から働きかけようと思うのだが、そこには障害が立ちはだかっていた。
一番気に食わない奴。その名は、ツェルター伯爵家のリーゼロッテである。
彼女は、隙あらばルードヴィヒに近づいて、親し気に談笑しており、ミヒャエルがここに割り込むには無理があった。
そして、親し気な2人の姿を見ると、ミヒャエルは、なぜかイラついた。
だが、ミヒャエルが閉塞感を覚えかけたとき、機会は突然にやってきた。
理由は不明だが、リーゼロッテがルードヴィヒとの距離を置き始めたのだ。
リーゼロッテが距離を置いた機会に、彼にしては苦労の末、ルードヴィヒを取り巻く、あまり優秀でない者たちのグループになんとか潜り込むことができた。
しかし、もの事は彼の思いどおりには運ばない。
会話に加わっても、彼が期待する知的な議論が交わされることはなかった。それどころか……話題の筆頭はエッチな話ばかり。
ミヒャエルは、その度に嫌悪感を覚えずにはいられず、静かにその場を後にする。
(くそっ! この落ちこぼれで、お頭空っぽのエロボケどもめ!)
ルードヴィヒとは、戦略・戦術、軍隊内における人間関係の在り方などをいろいろと議論してみたかったし、なにより彼が言っていた"徳"なるものに興味を持っていた。
自分なりに勉強したところでは、"徳"は、理論的に導き出されるようなものではなく、処世訓的な概念であることは理解した。
しかし、これまで物事を理詰めで考えてきたミヒャエルは、経験と勘に裏打ちされた"徳"なるものが実感できないでいた。
これを言い出したルードヴィヒとて、ローゼンクランツ翁からの受け売りで、これを知っているだけで、十分に感得しているとは言い難いしろものである。
またも状況に閉塞感を覚えたミヒャエルは、自慢のgrey matter(灰色の脳細胞)を必死に働かせる……
(そうか! 学校がダメならプライベートがあるじゃないか!)
ミヒャエルは、早速行動に移した。
勢いでルードヴィヒのもとに向かったが、言葉がスムーズに出てこない。なんとかひねり出した言葉は、横柄な感じになってしまった。
「おい。おまえ」
「ん? 何でぇ?」
なぜか緊張して息苦しさを感じたが、なんとか会話を続ける。
「おまえもローゼンクランツ翁の孫なら駐屯軍に挨拶ぐらいすべきだろう」
「駐屯軍?」
「この常識知らずが! アウクトブルクには鷹の爪傭兵団の駐屯地があるのを知らないのか?」
「……そう言われれば、そうだったのぅ。そんだば、いっぺん挨拶に行こうかのぅ」
祖父と傭兵団が密接な関係にあることは承知しているが、ルードヴィヒは、ライヒアルトが駐屯軍に入団したことを思い出していた。
「明日の土曜日は学園も休みだから、早速面を見せろよ」
「おぅ。わかったっちゃ」
本来であれば立場は逆で、世話になっているのは、むしろ鷹の爪傭兵団のほうだ。そこを勢いで押し切った。
(ふう。あいつがバカの付く正直で助かった……)
◆
翌日。
約束の訪問時間を前にして、ミヒャエルは、駐屯地の門でソワソワしていた。
今更だが、駐屯地はアウクトブルグの郊外にあり、ローゼンクランツ新宅からはかなりの距離がある。
ミヒャエルは、それを申し訳なく思っていた。
ルードヴィヒは、約束の時間の5分前に姿を見せた。
「わざわざ遠くまで悪いな」
「んにゃ。たいしたことねぇすけ。ところで、おめぇ。ここに住んどるんけぇ?」
「ああ。ここにある寮に住んでいる。食堂やらいろいろ設備もあるし、住み心地は悪くない」
「なるほどのぅ……」
「駐屯軍に挨拶を」と言った手前、ミヒャエルは、まずはルードヴィヒを駐屯軍司令官の部屋に案内した。
例によって、ルードヴィヒは、完璧な標準語、そして完璧な立ち居振る舞いで挨拶をした。司令官は大きな感銘を受けた様子だった。
(やっぱり、なんだかわからねえ奴だよな……)
「とりあえず挨拶は終わったども、こっからどうすっかのぅ……」
「と、とりあえず、俺の部屋で話をしないか。おまえが言っていた"徳"とやらにも興味があるし……」
やはり緊張している……
ミヒャエルは、自分の緊張の理由をはかりかねた。
「そんだば、そうすっか」
ミヒャエルはホッとした。どうやら当初の作戦は上手くいきそうだ。
総長の子ということで、ミヒャエルは、個室をあてがわれていた。早速、そこに案内する。
(そういえば……あいつと2人っきりで話すのは初めてだな……っていうか、"2人っきり"って、お、俺は何を考えているんだ!)
ミヒャエルは、なぜか頬が熱くなるのを感じ、恥ずかしくなった。
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