第41話 入学式(2)
しばらくして、入学式典に参加するため、コンスタンツェたちは、大講堂へと誘導された。ここには全校生徒が集まっている。
コンスタンツェたちが会場に入場したとき、全校の女子たちの視線は、一点に集まった。
その先は、もちろんルードヴィヒである。
彼の完璧な美貌と威風堂々とした歩きぶりに感嘆しない女子はいなかった。
方々で女子たちがルードヴィヒを見ながらひそひそ話をする声が、木々の騒めきのように聞こえる。
「ねえねえ。あの素敵な方は誰なの?」
「さあ。私もわからないわ……」
「でも、あれほどの方がアウクトブルグ在住なら、名前が知られていないはずはないわよね」
「そうすると大公国の辺境か外の領邦から来たのかしら?」
「きっと、そうなんじゃない?」
「身分は高そうに見えるけれど……」
「確かにね」
「私、期待しちゃうわ」
「私もよ」
男子たちもこの事実に気づき、イラついた視線をルードヴィヒに向けている。
にもかかわらず、表情を変えないルードヴィヒの姿を見て、女子たちは泰然としていると感じ、男子たちはふてぶてしさを感じていた。
(おら、何かいねえなとこあんのかぃのぅ……)
当事者のルードヴィヒは、もちろんバツの悪い思いでいっぱいだった。
泰然と見えるのは、ただその感情が表情に出にくいだけである。
この様子を見たコンスタンツェは、"さもありなん"と誇らしくも思ったが、一方で、"私のイケメン君"が衆目にさらされ、その好奇な目に穢されたような気がして、思いは複雑であった。
◆
入学式を終わり、再び教室に戻ると、自己紹介をすることになった。
コンスタンツェは別として、大勢の前での挨拶など、始めて経験する者がほとんどで、皆が皆おどおどしていた。
ルードヴィヒに順番が回り、彼が胸に手を当てて略式の貴族の礼をすると、女子たちはたまらず「きゃーっ」という歓声をあげた。
(おんや? おら、何か驚かすようなことしたろか?)
ルードヴィヒは、意味がわかっていない。
そして……
「ルードヴィヒ・フォン・ローゼンクランツと申します。以後、良しなにお願いいたします」と流れるように挨拶をすると、女子たちの間からため息が漏れた。
ルードヴィヒとて、大勢の前で挨拶をするのは初めての経験であり、緊張することはしているのだが、やはり顔に出ないため、どうしても堂々としているように見えてしまう。
そして、一通り挨拶を終わり、今日のところは解散となった。
◆
ルードヴィヒが一息入れていると、リーゼロッテが声をかけてきた。
「ルード様。ご一緒のクラスになれて、光栄です」
「おぅ。ロッテ様。すっけんことねぇて。そらぁ、おらの台詞だがんに」
それを聞いたクラスメイトの全員が息を飲んだ。
今までの完璧なルードヴィヒと甚だしく乖離した田舎丸出しの方言に、皆が皆信じられないという顔をしている。
これは、コンスタンツェも例外ではなかった。
「ルード様。方言が出てしまっていますよ」
「んにゃ、ええんでぇ。おら、標準語をしゃべってっと背中がこそばゆくなるすけ、もう限界だぁ」
「でも、皆さん驚かれていますよ」
「そんだども、無理なもんは無理なんでぇ」
クラスメイトは、まだ唖然としている。
すると、ルードヴィヒはクラスメイトたちの方を向き直って言った。
「そういうことだすけ、慣れてくれや」
「はあ……」
クラスメイトたちは、肯定とも、落胆ともとれる微妙なリアクションをしたのだった。
(おらっ? 皆わかっとるんけぇ?)
だが……
「まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
コンスタンツェは、方言に驚いたことは間違いないが、もう一つの事実を見逃さなかった。
2人は、ファーストネームどころか、愛称で呼びあっているではないか。
(2人はつき合っているとでもいうの? あの女は誰?)
そういえば自己紹介は無難にこなしていたが、おとなしく、控えめだったので、コンスタンツェの印象に強くは残ってはいなかった。
彼女は記憶を巡らせる……
そして、自分が報告を命じていた成績トップ10の中の1人だと思いだした。
(ツェルター伯爵家のリーゼロッテ……よりにもよってホーエンシュタウフェン家が最も敵に回してはならない女とは……)
しかも、リーゼロッテの入試成績は自分より上の1位であった。今更だが、それも癪にさわる。
いろいろ考えるうち、コンスタンツェは、ムラムラとした感情が湧き上がってくるのを感じた。
(この感情は……嫉妬……嫉妬なの……)
お読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!
皆様からの応援が執筆の励みになります!





