第40話 合格発表(1)
入学試験を終わり、シュタウフェン学園の錬金術(理科)教師は、淡々と機械的に答案を採点していた。
「これは…65点だな。気の毒だが仕方がない」
彼が「気の毒」と言ったのは、受験生がさる高位貴族の息女であったからだった。彼女は、成績が下位の方のクラスに編入され、気まずい思いをするだろう。
だが、それにいちいち同情していては、教師という職業はやっていられない。
そして、気持ちをサラリと切り替えて次の答案を見ると…
「んんっ?」
かつて経験したことのない不思議な答案が彼の目に飛び込んできた。
裏に至るまで、びっしりと文字が書き込んである。
その筆跡は美しく、一切の歪みがなく整然と完璧に配字されており、まるで印刷したかのようだ。
なにより、訂正の跡が一つもない。この世界では、鉛筆と消しゴムのセットは存在しないため、答案はペンとインクで記入する。このため、修正したときは必ず何らかの跡が残るのだ。
それがないということは、記述する文章が頭の中で完璧に組み立てられていたということを意味する。また、記入の綺麗さは、プロの筆写屋も顔負けの技術だ。
(さぞ頭の良い生徒なのだろうな……)
彼は、期待しつつ答案を読み進める。
やがて…
彼は狼狽のあまり、目を白黒させながら叫んだ。
「な、な、な、何だこれはぁぁぁぁぁぁ!」
その叫び声を聞いた他の教師たちが、何ごとかと集まってきた。
だが…
「ああ。そういうことですか……それなら私も……」
数学教師が、同様に文字がびっしりと書き込まれた答案を見せた。続いて、他の3教科の教師たちも、同様な答案用を紙見せる。
「えっ! どういうことですか?」
「例のローゼンクランツ翁の孫ですよ」
数学教師が"例の"と言ったのは、実技試験が衆人環視の中で行われ、その成績が規格外であることが素人目にも明らかで、教師の間で注目の的となっていたからだ。
「どうもアウクトブルグ大聖堂のエルレンマイヤー司祭に学業を習ったということのようですよ」
「そうですか……あの超エリートに……」
錬金術教師は、とりあえず納得がいった。
しかし、回答の内容を吟味してみると、その内容は高度過ぎて彼には理解できないものであった。
「いったいどうしろっていうんだぁぁぁぁぁぁ!」
彼は、再び叫ばずにはいられなかった。
結局、当該錬金術教師は、答案用紙を携えて、大学の著名な教授に教えを乞いに行った。
教授の話によると、答案に書いてある内容は、ごく最近に発表された最先端の論文に記述されている内容によって、正しいことが確認できるということだった。
しかし、大学の研究者でもない学園の一受験生が、その内容をどうやって知ったのか?
2人は首を捻らざるを得なかった。
「この答案の評価が100点とは納得できない! 私の教師生命にかけて断固反対する!」
教師が集まる会議の席上、錬金術教師は強硬に主張した。
教師たちも、ルードヴィヒの答案をどう評価したものか判断がつきかねたため、こういうことになっていた。
錬金術教師にしてみれば、ただ粛々と回答のみが記入された答案と、加えてその理論的基礎を高度な知識の裏付けをもって示している答案の評価が同じというのは、どうにも我慢ができなかったのだ。
「しかし、100点が満点な以上、それを超える評価はできないのでは?」
「できないのではなく、この会議の場で評価の尺度を決め、評価するのです!」
「そうは言いましても……いったいどうやって?」
会議の場は、静まり返った。
これは、例えれば、計測対象の容量が秤の許容値を超え、目盛をオーバーしたようなもので、計測可能な最大値を超える事実は明白だが、その正確な量はわからないということだ。
物を計測する場合なら、2回に分ければ済む話だが、入学試験の場合、合格点未満でもないのに追試というのは考えにくい。
それに、仮に追試を行ったとしても、またオール100点で同じことの繰り返しになるのではないか? これもいかにもありそうな結果ではある。
結局、議論の方向はズレていき、学校の面子とローゼンクランツ家への配慮を天秤に掛けるようなことになり、最後は校長の英断で、各教科とも200点という評価にすることになった。
さすがに、100点の生徒の2倍を超える評価というのは不公平との誹りを受けるのではないかと恐れたからだ。
最後は、199点(2倍未満)か200点(2倍)かという議論になり、校長も判断できずに採決で決める体たらくであった。
結果として、配慮が露骨に透けて見える199点にならなかったのは、公平性よりも世間からの見てくれを優先したということなのかもしれない。
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