第39話 精霊の加護(1)
精霊との守護契約を結んだ場合は、精霊の"加護"が得られ、そうでない場合と比較して、1/10程度の魔力量で魔術が行使できると言われている。
これは下位精霊の話であって、実は、上には上がある。
中位精霊との守護契約によって得られる恩恵を"祝福"、上位精霊とのそれを"寵愛"、果ては各精霊王とのそれを"冥護"という。
これにより、魔力消費量は、それぞれ1/100、1/1,000、1/10,000へと減少する。
かつて、伝説の王、アーサー(アルトゥル)と行動を共にしたことで名高い魔術師のアンブローズ・マーリンは、精霊の"寵愛"を得ていたと言われている。彼の業績は偉大過ぎて、そうでないと説明がつかいないということだ。
これは、彼が夢魔とウェールズにあった小国の王女との間に生まれたハーフであったからこそとも考えられる。
純粋な人間が、この境地にまで至れるかは、極めて疑わしい。
"冥護"に至っては、歴史上の記録には一切記述がないしろものだった。このため、存在自体を疑う者も多い。
幻の大賢者マリア・テレーゼは、闇を除く5属性の使い手、すなわちクインクであるが、"祝福"を得られているのは光の精霊のみで、他は"加護"に留まっていた。
一方、ルードヴィヒは6属性の使い手、すなわちシクストであることが明らかになった訳であるが、精霊から得た恩恵は…
「婆さ。おら、精霊にお願ぇしてみてぇ!」
「おめぇも気が早ぇのぅ……」
ルードヴィヒは、じれったくてたまらず、その場で足踏みを始める始末だ。これでは、放っておいたらどこかへ走り去ってしまいそうな勢いである。
この年頃の男の子は元気が有り余っておあり、制御が効かない。その母親たちが、(世間体というものがなければ、いっそ腰縄でもつけておきたい)と思うのも無理はない。
「なんでぇ、おめぇ。しょんべんけぇ?」
「違ぇよぅ。早く、早くぅ……」
「今、呪文を書いてやるすけ、ちったぁ待てや」
マリア・テレーゼは、紙とペンを取り出すと、サラサラと呪文を書き始めた。
ルードヴィヒは、3歳の頃に絵本を読み聞かせたら、それを手掛かりに字を勝手に覚えていた。
以来、彼はヴァレール城にある本を読み漁り、読み尽くすばかりの勢いであり、今は、相応しいと思われる本を聖ロザリオ商会から取り寄せているところだ。
このため、字を読むのには何の問題もなかった。
マリア・テレーゼは、書き終わった呪文をルードヴィヒに渡す。
彼は、さっと目を通して言った。
「これを読んで、お願げぇすればええがぁな?」
「そうだども、ちゃんとやるがぁぜ」
「わかってるてぇ!」
そして……
ルードヴィヒは何もない中空を見つめていたかと思うと、急に真顔になり、呪文を読み上げ始めた。彼には、これからお願いをする精霊が見えているのだろう。
「我は求め訴えたり。火の精霊よ。願わくは、汝の魂を我とともに在らしめ、我の祈りを聞き、我を守護することを永久に誓約されたまえ。世々限りなき火の精霊王と火の精霊の統合の下、ルードヴィヒがこれを乞い願う。かくあれ」
すると、空中に魔法陣が現れ、そこから掌サイズの人型の精霊が出現した。
闊達そうな美少女で、髪の色は赤色をしており、背中には蝶のような形をした羽が生えているが、トンボのように透明である。
精霊は、嬉しそうに笑うと、開口一番こう言った。
「初めまして、契約者様。僕、君のことが好きでずっと狙っていたんだ。契約してもらえて嬉しいよ」
「おんや? おめぇ火の精霊のサラマンドラでねぇのけぇ」
「うん。そうだよ」
「サラマンドラは蜥蜴型だろぅて?」
「えーっ! 蜥蜴なんて……契約者とはいえ失敬な!」
「そんだば本性の姿を見してみれや」
「わかったよ。見て驚くなよ」
そう言うと、彼女は本性の姿に変身した。
それは蜥蜴あるいは竜に似てはいるが、どちらともいえない微妙な形状をしている。背には蝙蝠のような1対の翼があり、中空を飛んでいる。
「確かに、蜥蜴とは言えねぇかのぅ……」
サラマンドラは再び少女の姿に戻ると得意げに言った。
「なあ。わかっただろう。僕のカッコよさに感動しただろう?」
「まあのぅ」とルードヴィヒは生返事である。
だが、サラマンドラはその微妙なリアクションに気づいていない。
「ああ……それにしても、こうして自我を得て、契約者と会話できるなんて……素晴らしいねえ。僕は幸せ者だよ」
「おめぇ女だろ。なして"僕"なんて言うがぁ?」
「何を言っているんだ。僕は僕だよ」
(んーーーーん? 誰に迷惑をかけるでもねぇし……まあええろぅ……)
「わかったっちゃ」
「ところで、契約によって自我を得た精霊は、契約者から名前をもらうのが仕来りなんだ。それによって契約は完了となる。ぜひ素敵な名前を付けてよ」
「そうけぇ。うーーん……"フランメ"っちぅのはどうでぇ?」
「おお。いいね、いいねぇ。僕の名前はフランメかぁ……」
こうして、火の精霊との契約は終わった。
この調子で、風精霊・シルフィードのヴェントゥス、水精霊ウンディーネのアクア、土精霊ノーミドのフェルセン、光精霊・ルーチェットのルークス、そして闇精霊・オプスクーリタスのダルクと契約を交わし、6属性全ての"加護"を得ることとなった。
インキュバス:男性の夢魔で、睡眠中の女性を襲って精液を注ぎ込み、悪魔の子を妊娠させる。女性の夢魔はサキュバスといい、睡眠中の男性を襲い、誘惑して精液を奪う。
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