第37話 入学試験(2日目) ~その2~(1)
魔導士・魔術師の間においては、魔術の行使に当たり呪文を詠唱することがほぼ常識とされている。
これは、人が口に出した言葉には"言霊"という霊力が宿っており、自己実現力があること、また、言葉に出すことにより発動する魔法のイメージが明瞭となり、威力・精度のコントロールが容易となるためである。
魔術は、精霊の力を通じて行使するのだが、その威力や精度は、自らに協力してくれる精霊との親密・信頼度に大きく依存する。
通常は、精霊に対して魔導士・魔術師個人が「乞い願う」のであるが、精霊と守護契約を結んでいる者は「契約のもと〇〇が命ずる」と呪文の文言も変化する。
精霊との守護契約を結んだ場合は、精霊の"加護"が得られ、そうでない場合と比較して、1/10程度の魔力量で魔術が行使できると言われている。
全属性を含め、精霊の加護持ちとして知られている者は、エウロパの地には片手で数えられるほどしかいない。しかし、これは"知られている"者の数であって、真実の実数は全くわからない。加護持ちの事実を公表していない者も多いと推定されるからだ。
呪文の詠唱には時間がかかる。このため魔法の発動までのキャストタイムは、特に近距離戦において致命的となる場合も多い。
熟練した術者の中には、呪文の助けがなくとも、魔法の発動イメージをコントロールできる者もおり、このような者は呪文の一部を省略し、発動魔法名のみを詠唱する"簡易詠唱"や詠唱を完全に省略する"無詠唱"のスキルを使える者もいる。
これにはキャストタイムが短縮されるメリットがあるが、一方で威力・精度の制御は省略度に比例して困難になる。その結果は、術者の才能及び後天的な熟練度に大きく左右される。
魔法の複数同時発動や複数属性の同時発動は、無詠唱でしかできない超高等技術である。これは幻の大賢者マリア・テレーゼなどのごく限られた者のみが扱えるものと巷間では見立てられている。
実技試験前日の深夜。
ルードヴィヒは、気配を殺しながら宿の部屋を出ると、宿の中庭に向かった。
周囲に人の気配がないことを確認し、彼の守護精霊たちを順次召喚し、明日の試験に備えて、ご機嫌を取ることにする。
精霊はとかく守護者を独占したがり、このため嫉妬深い。このため同属性で複数の精霊と契約することは、まず不可能であったが、属性が異なっても、やはり嫉妬はする。
このため、非効率ではあるが、一人ずつ召喚していくのだった。
実は主要6属性は、人間が勝手に構築した理論上のものであり、これ以外にも精霊は存在する。
だが今回は、試験の対象となる可能性がある主要6属性の者に留めることにした。
(残りん衆には、後で埋め合わせしればええろぅ……)
ルードヴィヒが指で空中に五芒星を描き、これを円で囲むと、魔法陣として光り出し、そこから人型の精霊が出現した。
闊達そうな美少女で、髪の色は赤色をしており、背中には蝶のような形をした羽が生えているが、トンボのように透明である。火精霊・サラマンドラのフランメである。
フランメは、溜まった鬱憤を晴らすがごとく、いきなり捲し立てた。
「もう主様。酷いじゃないか。僕がどれだけ主様のことが好きなのか、どうしてわかってくれんないんだ! やっぱりルークスの方が好きなんでしょう!」
ルードヴィヒは、これに対し、慌てず、落ち着いた声で答える。
「んにゃ。おらぁ皆が等しく好きだすけ」
「そんなこと言って、いつも口先ばかり……」
……と言いかけたフランメを、ルードヴィヒが強引にハグすると、彼女は口を噤んだ。
「…………もう……ズルいんだからあ……」
しかし、その呟きには、もはや怒りの感情は込められていない。
続いて、風精霊・シルフィードのヴェントゥス、水精霊・ウンディーネのアクア、土精霊・ノーミドのフェルセンを召喚すると、それぞれが不満を口にしたが、ご機嫌を取ると、最終的には、皆が皆大喜びしてくれた。
(皆して、寂しがりやだのぅ……)
ルードヴィヒは、少し反省した。
お読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!
皆様からの応援が執筆の励みになります!





