第36話 入学試験(2日目) ~その1~(3)
「凄い……」
ルードヴィヒの試験の様子を観戦していたコンスタンツェは、そう一言言うなり、言葉が出なくなった。
彼女は武道については、護身術程度しか身に付けていないため、試験は免除されていたが、自らの管轄する"Rote Ritter(赤の騎士団)"に誘えるような人材がいないかと、試験の様子を見に来ていたのだ。
公国の嫡出子には、成人すると大隊規模の騎士団が与えられ、これを管轄することとされていた。これを通じて統治術の経験を積むためである。
コンスタンツェが管轄する騎士団は、"赤の魔女"という彼女の二つ名にちなんで、"Rote Ritter(赤の騎士団)"と呼ばれている。
これに対し、長男ハインリヒの騎士団は"weiss Ritter(白の騎士団)"、次男コンラートの騎士団は"Schwarze Ritter(黒の騎士団)"と呼ばれている。三男のカールは、今年成人を迎えたが、耳に障害を抱えていることから、騎士団の設立は見送られている。
また、庶子でありながら、マリア・アマーリアも騎士団を抱えており、これも"青の魔女"という彼女の二つ名にちなんで、"Blaue Ritter(青の騎士団)"と呼ばれている。
これは、傭兵出身などでローゼンクランツ家を慕う強者達が自然発生的に集まってできたもので、活動資金はローゼンクランツ家から拠出されていた。この意味では、正規兵ではなく、ローゼンクランツ家の私兵的な性格の騎士団である。
それはともかく、コンスタンツェは考えを巡らせていた。
(あのイケメン君があんなに強かったなんて……それに勝った相手って、お父様が差し向けた現役の騎士よね。それって、即実戦投入できる強さってこと……これはぜひRote Ritter(赤の騎士団)にスカウトしないと……)
……と考えながらも、コンスタンツェの頬は赤く染まっていた。
我ながら、"騎士団にスカウトする"というのは、言い訳じみていると思ったからだ。
◆
リーゼロッテもまた、ルードヴィヒの試験の様子を観戦していた。
だが、彼女の様子は他の者とは違っていた。
彼女はルードヴィヒの強さの一端を知っていたからである。
いかにもありそうだと想像はしていた。
だが、この結果は、想像の上を行くものだった。
(さすがはルード様。よぉぉぉぉし! 私も頑張らなくっちゃ!)
彼女は帝国式正統剣術を習っていたので、武術試験を受けることになっている。
彼女のレベルは19、オーラの色は赤であり、現役の騎士には遠く及ばないものの、受験生の中ではトップクラスだった。
結果、試験官を倒しそうになるほどに奮戦し、武術に関しては、ルードヴィヒに次ぐ成績を修めることになった。
◆
セアドは、ひびが入った胸の痛みを必死に堪えながら、ヘーゲン少将に復命する。
「で、どうであった。ローゼンクランツ翁の孫は? 最強・最難のローゼンクランツ双剣流とやらは強かったか?」
「それが……彼とは双方が帝国式正統剣術で戦いました」
「それは意外だな」
ヘーゲン少将は、セアドが相手を下に見る"奴"などではなく、"彼"という普通の代名詞を使ったことに不思議な違和感を覚えたが、かまわず話をすすめる。
「ならば貴官の圧勝だったのであろう」
「いえ、それが……実力の半分も出せず、完敗しました」
「何っ! 本当か?」
「彼は、丸みを帯びた独特の形の盾を装備していました。その盾から繰り出される盾殴りも独特で、初見であった私は対応がし切れず……」
「まて、盾殴りだと……それに負けたと申すのか?」
「もちろん、それだけではございませんが、あのようなアグレッシブな盾の使い方は経験がなく、あれよあれよという間に、実力の半分も出せず、完敗いたしました」
ヘーゲン少将の顔色が変わった。
盾殴りという技があること自体は承知しているが、盾というものは、基本的に守りに使うものだ。
そんな固定観念を嘲笑うローゼンクランツ翁の姿が垣間見えた気がした。
「これは……大公閣下への報告が一苦労だな」とヘーゲン少将は独り言ちた。
「申し訳ございません。これは小官の責任であります」
「なに……貴官に罪はない。ローゼンクランツ翁の孫が規格外なだけだ。それにしても、程があろうというものだがな……」
結局のところ、ローゼンクランツ翁の孫の実力は底が見えていない。そのことを薄ら寒く思う2人なのであった。
◆
「はっはっはっはっはっはっ」
大公フリードリヒⅡ世は、深刻な表情のヘーゲン少将の報告を一笑に付した。
ヘーゲン少将は思わず安堵のため息をつきそうになったが、大公の御前であることを踏まえ、なんとか抑え込む。
「何となく想像はついておったのだ。貴官には知らせていなかったが、奴はアース・ドラゴンやベヒモスを少数パーティで討取ったのだぞ。自己申告故に半信半疑であったが、どうやら本当だったようだな」
「それは……本当のことでございますか?」
「2頭とも我が大公家が競り落としたが、現物は信じられないほどきれいな状態であった。大勢で寄って集って倒したならああはいかぬ。よほどの戦闘巧者なのであろうよ。ローゼンクランツ翁の孫は……」
「左様でございますか……」
これを聞いて、ヘーゲン少将が抱いた薄ら寒い感覚は、現実感をより増したのだった。
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