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第34話 貢物(1)

 雄は、優秀な雌の気を惹くために、食べ物などを貢ぎ、雄特有の容姿を競い合い、時には他の雄を攻撃して排除する。

 これは動物一般にみられる特質だ。


 そして人間にも適用できる法則ではないだろうか。


 だが、人間が知恵を発達させた結果、宗教や倫理といった概念を生み出し、一定の秩序から外れる本能的な行動に枠をはめた。


 キリシタ教の一夫一婦制とその基盤となる倫理観はその代表といえるだろう。


 しかし、この世界ではこれを維持する枠組みが未発達であり、必ずしも社会的に制御できているとは言い切れない状況にある。

 それは、支配階級である貴族や大商人の間において顕著に見られるところだった。

 ルードヴィヒとマルグレットは、宿への帰路についていた。


 マルグレットは、相変わらずルードヴィヒの腕にすがりつき、頭をその肩に預けて密着してくる。


 彼女は購入したばかりのワンピースなどをフルセットで身に付けており、その妖精のように可憐な美しさに、道をすれ違う女性たちは感嘆のため息を漏らし、男性たちは嫉妬(しっと)羨望(せんぼう)の入り混じった強烈な視線をルードヴィヒに向けてくる。


 来た道以上に長く感じられる時間が過ぎ、宿の入り口に着くとルードヴィヒは念を押した。


「マルグレットさん。こっから先は……」

「承知しております。ご主人様」


「そんだばええが……」


 ルードヴィヒが扉を開け、中へ入ると、マルグレットは素早く3歩下がった位置へ下がり、(つつ)ましやかに付いてくる。


(女の変わり身っちぅんは(すげ)ぇもんだのぅ……)


 すると、例によってクーニグンデが出迎えに来ていた。

 足音なのか、匂いなのかわからないが、何かを察してルードヴィヒの帰りがわかるらしい。まるで、尻尾(しっぽ)を振って飼い主を出迎える愛犬のようだ。


(ぬし)様。お帰りなさいませ」

 ……とは言ってくれたが、その表情からは剣呑(けんのん)な空気がいやでも感じられる。


「その雌の衣装はいったいどうしたことです?」


(まぁた"雌"よばわりけぇ。こらぁおごったぁ(たいへんだ)……)


「こらぁおらが買ってやったもんだ」


「その雌に(みつ)いだと?」

「そらぁそうだども、そんな言い方しねぇでもええがんに……」


 だが、その言葉はクーニグンデに全く無視される。


「雄が雌に貢ぐのは、その気を()くためと相場は決まっています。(ぬし)様は、その雌の序列をどうされたいのですか?」


 クーニグンデは、真剣そのものという表情をしている。


(むうっ! とにかく(なん)か、それっぽく言わねぇば……えっと……)


「いやぁ……マルグレットさんは、まだ新参者(しんざんもん)だすけ、衣装を整えて(ようや)くスタートラインについたっちぅこった。序列云々(うんぬん)は、まだこれからでぇ」


「本当に? 信じても大丈夫なのですか?」

「そらぁ……もちろん……」


 クーニグンデの顔がみるみるうちに嬉しさに包まれていく。

 そして、ルードヴィヒに力強く抱きついてきた。


「ぐえっ!」

(く、苦しい! 熊式鯖折り(ベアハッグ)けぇ!)


 が、クーニグンデは気にもとめていない。


「ああ! (ぬし)様……序列1位の座は誰にも渡しませんからね」


 安心感からなのか、クーニグンデは涙ぐんだ声をしている。

 ルードヴィヒは、タジタジとなった。


「お、おう。クーニィも欲しいもんがあれば、何でも買ってやるすけ、いつでも言ってくれや」


「ありがとうございます。今日は遅いですから、明日早速お願いします!」

「おう。わかったっちゃ」


 ルードヴィヒは、心の中で一息入れた。


(あぁ……(あぶ)ねかった……)


     ◆


 マルグレットは、またトラブルを起こしてしまったのではないかという不安を抱えながら、ルードヴィヒとクーニグンデのやり取りを見守っていたが、結果は大事には至らず、安心した思いで部屋の扉を開けた。


 カミラは、その姿を見て感嘆の声をあげた。


「わーっ! とっても美しいです。マルグレットさん。その衣装はどうしたんですか?」


 (かたわ)らでは、いつもは冷静なルークスまでもが目を見開いて驚いている。


「実は……ご主人様に買っていただいたんです」

 ……と恥ずかしさでもじもじしながらマルグレットは答えた。


「えぇーっ。いいなぁ。マルグレットさんばっかり……ズルいです」

「いえ……そんなことは……皆さんもお願いすれば、きっと買っていただけますよ」


「でも……私、マルグレットさんみたいに美しくないから……」

「大丈夫。カミラさんは、とってもチャーミングな方だと思いますよ」


 マルグレットの言葉には、皮肉めいた感じは一切なかった。


「そう……かなぁ……」

「カミラさんは、もっと自信を持ってもいいと思います」


 チラッと横を見ると、ルークスも(うなず)いている。


「じゃあ。私もお願いしてみますね」と言うと、カミラは勢いよく部屋を出ていった。


 残されたルークスとマルグレットは視線を合わせる。


 すると、ルークスもニッコリと微笑み「では、私もたまにはおねだりしてみますね」と言うと、カミラとは対照的に悠々と部屋を出ていった。


 しばらくして……

 2人は満足した表情で戻ってきた。

お読みいただきありがとうございます。


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