第33話 お買い物デート(3)
マルグレットが試着室から出てきたとき。
「はーっ」と販売員たちは感嘆のため息を漏らした。
マルグレットが着ると既製服の方が引き立てられ、まるで彼女のために仕立てた高級仕立服のように見える。
エルフだけに、その美しさは妖精のように可憐だった。
最近の流行で、スカート丈は膝上の短さだったが、彼女の足はスラリとしており、いやらしさはほとんど感じられない。
「おぉぉっ! こらぁええ塩梅だのぅ。豪儀似合ってるもぅさ」
「ありがとうございます。ご主人様」
マルグレットは、褒められて天狗になるでもなく、満更でもないといった顔をしている。
(こらぁ慎ましやかなこったのぅ)
「次は、これ着てみらっしゃい」
「いえ。そんなに何着も……申し訳ないです……」
「まさか一張羅っちぅ訳にもいかんろぅ。そかぁ男ん甲斐性っちぅもんだすけ、遠慮するこたねぇ」
「承知いたしました。ありがとうございます」
そして……
試着の度に販売員たちからため息が漏れた。
そこで勢いよく店の扉が開かれると、若い男が息せき切って入ってきた。
「こらぁロマンさんでねえけぇ」
「水臭いですよ。ローゼンクランツ卿。知らせてくれたら私が接客いたしましたものを……」
「いやぁ……たんま来たがぁだすけ、おめぇさんに来てもらうまでもねかったがぁども……だが、せっかく来てくれたんだすけ、よろしく頼まぁ」
「承知いたしました」というと、販売員たちが選んだ服を真剣な目で見分していった。
不安げに見守る販売員たち……
「まあ、いいでしょう」
販売員たちは安堵の表情を浮かべた。
「服だけでよろしいでしょうか? 他に靴などもありますが……」
「この際だすけ、一通り揃えてもらおっかのぅ」
そのとき、試着を手伝っていた若い販売員がマルグレットにそっと囁いた
「下着はよろしいのですか?」
実はマルグレットが今はいている下着は、カミラ用に買ってあった物を転用していたのだが、庶民用の無難なデザイン、いわゆる"おばちゃんパンツ"であった。ブラジャーも同様である。
マルグレットは、真っ赤になりながら、申し訳なさそうに言った。
「あのう……下着もよろしいでしょうか?」
「もちろんええて」
「でも、私が勝手に選んでもよろしいものでしょうか?」
「まさか、おらが下着姿を見る訳にはいかんろぅ」
そこで若い販売員が口を挟む。
「大丈夫ですよ。最近は下着を男性に選んでもらうカップルさんも多いんです」
(なんでぇ。ここで断ったら、おらが小心者みてぇでねえけぇ……)
「じゃあ、マルグレットさんが選んだがぁをおらも見してもらうすけ」
マルグレットは販売員のアドバイスを受けながら何着か選ぶと試着室で身に付けた。
カーテンをチラリと開けて身に付けたところを見せてくれるのだが、ルードヴィヒは恥ずかしさでまともに見ることができず、その度に「ああ。ええよ」としか言えなかった。
冷静になってみると、過激なデザインのものばかりだったのだが、後の祭りである。ルードヴィヒは、マルグレットが性奴隷であったことを完全に失念していたのだった。
そして……
「そうだ! 肝心のチョーカーを買わんばなんねぇ」
「チョーカー?」
ロマンは、一瞬不思議な顔をした。
チョーカーを身に付ける女性はそれなりにいるものの、皆が皆というわけではなかった。
が、そこはそれ以上突っ込まれることはなく、服のデザインに合う物をいくつか購入した。
ロマンは、最後に確認をする。
「これでよろしいでしょうか?」
「おう。これで欲しいもんは全部揃ったすけ。おめぇさんも、わざわざ来てもらって、悪ぃかったのぅ」
「いえいえ。お気になさらず」
「代金はこれでええけぇ?」
ルードヴィヒは、大金貨を見せた。
「いえいえ。ローゼンクランツ卿から代金などいただけません。これらは、そのままお持ち帰りください」
「そうけぇ。悪ぃのぅ。お返しに、また現物出資するすけ」
「それは、どうもありがとうございます」
しばらく経ってルードヴィヒから陸の王者と言われる巨獣ベヒモスが現物出資された。これは前代未聞のことで、再びオークション騒ぎとなったことは言うまでもない。
結局、ベヒモスは5,010万ターラー(50億1千万円相当)の高値で売れたが、これをもってしてもグンター夫妻の出資額には届かなかった。ルードヴィヒは時間の積み重ねというものの重要さを実感したのだった。
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