第33話 お買い物デート(1)
この世界の服飾に関しては、前世紀からの社会的分業の発達に伴い、手工業に専従する職人達が生まれ縫製などの技術も高くなっていた。職人たちはギルドを形成して注文生産が始まっていた。
布地としては、毛織物の生産が活発になり、絹織物の生産も始まる。また、このころ木綿が流通し始めており、木綿と亜麻の交織のフスティアン織なども登場している。
一般庶民の衣服はチュニックという上衣が主流で男女差もあまりなかった。
キリシタ教には、女は男物を身に着けてはいけないという教えがあった。
男はブレーというズボンを下にはいたが、女性ははかない。パンティのような下着もズボンの一種とみなされたため、女性はノーパンが普通だった。
女性用のチュニックはくるぶしまであり、女性が足を見せるなんてとんでもないことだった。
女騎士や女冒険者たちは、職業柄、チュニックやドレスでは仕事にならない。彼女らは、やむなくズボンの類を身に付けたが、敬虔な信徒から見たら女にあるまじき行為だった。
しかし、この数十年で状況は一変した。
水車や風車を利用した動力織機が開発され、効率化されたことにより、布地の価格が大幅に廉価となった。
また、都市部を中心に既製服の販売が広がり、ファッションの大衆化の波が押し寄せた。これに伴い、注文生産は高級仕立服にシフトしていった。
これは聖ロザリオ商会が仕掛けた販売戦略の結果であり、もちろん影の仕掛け人はマリア・テレーゼ母子であった。
ファッションの過激化は日を追うごとに激しくなり、中流以上の若い庶民の女性たちは、スカート丈の短さを競い合ようになっていた。これに伴って、パンティも若者層を中心に普及していった。さすがに、ミニスカでノーパンの女性はいない。
さらに過激なのは若い女冒険者たちで、身軽に動けるために、尻がはみ出そうな短さのホットパンツなどを身に付け、平気で素足をさらしていた。
貴族の若い娘たちは、公式な場ではフォーマルな10分丈のドレスを身に付けているが、お忍びでカジュアルな短いスカートを身に付けて楽しんでいる者も多かった。
この様子を見た年配者たちは顔をしかめたが、古い記憶などない若い娘たちは知ったことではなかった。
ルードヴィヒとマルグレットは町に繰り出した。
マルグレットは、奴隷根性が抜けないらしく、ルードヴィヒの後を3歩さがって慎ましやかに付いてくる。
「何しちぅっちゃ。すっけな後ろにいたら置いてくがぁぜ」
「よろしいのでしょうか?」
「いいも何も……おめぇはもう奴隷じゃねぇがぁだすけ」
「承知いたしました」
マルグレットは、ルードヴィヒの横に並ぶと、嬉しそうに歩き始めた。
しばらくすると……
左隣を歩いているマルグレットの手が、何かを求めて微妙な動きで中空を泳いでいた。
(手ぇ繋ぎてぇんか……)
それを見て、ルードヴィヒは極力さりげなく言った。
「人が混んできたのぅ。はぐれるといけねぇすけ、おらの手につかまっとけや」
「はいっ」と嬉しそうに返事をすると、マルグレットはルードヴィヒの左腕にすがった。
そのうちに頭もルードヴィヒの肩に預けて密着してくる。
(おいおい……そらぁいくら何でもやり過ぎでねぇか)
……と喉まで出かかったが、やめた。
しばらくは、人に甘えることなどできていなかっただろうことが想像されたからだ。
(ここで断ったら、みじょげらだすけのぅ……)
道をすれ違う人々は、いまいましさと少しばかりの羨望とが絶妙に入り混じった感情のこもった視線を向けてくる。
マルグレットは、全く気付いていない(無視している?)ようだが、ルードヴィヒはバツが悪かった。
マルグレットは、さらに大胆になっていく……
頬ずりまで始め、ついにはクンクンとルードヴィヒの脇の匂いを夢中で嗅いでいる。
それでも本人はバレていないつもりらしい。
これが猫ならば、さしずめフレーメン反応と言ったところか……
「おい。おめぇ……」
ルードヴィヒの視線を感じ、マルグレットは慌てて匂いを嗅ぐのをやめた。
「大変失礼いたしました。ご主人様」
マルグレットの顔には、動揺が見える。
「別に……ダメとは言わねぇども……おらの匂いなんか嗅いで、面白れぇのけぇ?」
「実は……私、ご主人様の匂い……好きです♡」
……と恥ずかし気もなく言うマルグレットを見て、これは男には理解できないと思った。
実際のところ、人間の女性が、遺伝的に近い男性の匂いを不快と感じることは科学的に実証されている事実である。これは自分の持っていない優れた遺伝子を取り込み、優秀な子孫を残すために本能に組み込まれた性質と考えられている。
父や兄が臭いのは、生物学的には真理であったのだ。
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