第32話 第5王女(2)
「こういうこたぁ、奴隷に対して強制してやるようなことじゃねぇとおらは思う」
「ご主人様は命令などされなかったではありませんか。私は、自分の意思でご奉仕したいと……」
「そうじゃねぇ。こういうこたぁ愛し合う2人がするもんだっちぅことだっちゃ」
「愛し合う……2人……」
マルグレットは、少し考え込んだが、再び悲しそうな声で口を開いた。
「では、私はご主人様に愛されていないのですね……」
「んにゃ……そもそも出会ったその日にすっけぇな関係になるんは無理ってもんだすけ」
「そう……でしょうか……」
マルグレットは、まだ納得できていないようだ。
(おらに一目惚れしたとでも言いたいんけぇ……)
「ご主人様がそこまでおっしゃるのであれば、今日のところは引き下がります。お休みのところをお邪魔して申し訳ございませんでした」
何か割り切ったようにそう言うと、マルグレットは、脱いだ衣服を身にも着けず、前に抱えて部屋を出ていった。
(こらぁ……まだ納得したって感じじゃねぇようだのぅ……)
だが……
「まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
翌朝。
ライヒアルトに嫌味を言われた。
「昨夜はしけた痴話喧嘩を聞かせてくれたな。三文芝居みたいだったぜ。おまえも男ならもっとしっかりリードしてやれよ」
「……全部聞いてたんけぇ?」
「狭い部屋の中じゃしかたがないだろう」
「くれぐれもクーニィには……」
「ああ。わかってるよ」
ルードヴィヒは、心の中で大きなため息をついた。
◆
ルードヴィヒは、マルグレットたちが泊る部屋へと向かう。
ノックして入ると、ルークスとちらりと視線があった。
ルークスは、察してくれたようだ。
「カミラさん。宿にいるのも飽きたから、町を探索に行きませんか?」
「えっ。でも……」
カミラはルードヴィヒと話がしたいといった顔をしている。
「まあまあ……主様のことは、マルグレットさんに任せればいいですから」
「はあ……」
カミラは、生返事をしながらも、ルークスに付いて部屋を出ていった。
(カミラさんもまだケアが必要なようだのぅ……)
……と思いつつも、頭を目の前にいるマルグレットのことに切り替える。
「ご主人様。昨夜は大変失礼をいたしました」
「んにゃ。気にしねぇでええて」
ルードヴィヒは、王女である件を聞いてみることにした。
最初は本人が言い出すまで様子を見ようと思っていたのだが、昨夜のこともあって、気が変わった。
「それはともかく、おめぇ王女なんだろ?」
マルグレットの眼は驚きで見開かれた。
(今まで誰に言っても信じてもらえなかったのに!)
「ご主人様。どうしてそれを……?」
「どうしてって……おめぇのサブのジョブは"王女"になってるでねえけぇ」
「ご主人様には私のサブのジョブが見えるのですか?」
「もちろんだこっつぉ」
それを聞いて、マルグレットは観念したように言う。
「そうです。私はノルエン王国の第5王女です」
「そんだば帰りたくはねぇのけぇ?」
「帰る気が全くないかと言えば嘘になります。
ですが、王女といっても第3側室の子で5女ですから、もともと扱いは粗略でした。
それに私が盗賊に攫われて奴隷商に売られたのが7歳のときです。王女だったことは覚えていますが、もう父や母の顔も朧気にしか覚えていません。
まして、こんな穢れた身の私が王国に帰ったとしても、王国は持て余すだろうことは目に見えています」
「そんだば、この先なじょしたいがぁ?」
「できれば、このままご主人様にご奉仕させていただければと……」
「奴隷にはしねぇと言ったはずだが……」
「もちろん奴隷でなくともかまいません。ですが、ご奉仕は……」
「だすけ、いらねぇと……」
「やはり、ご主人様は私を愛してはくださらないのですね……」
マルグレットの声が悲愴感を増し、ルードヴィヒは、答えに窮してしまった。
マルグレットの告白は続く……
「私、王女時代も含めて、こんなに優しくしていただいたのは初めてで……昨夜のこともあって、ご主人様は私のことを本当に気にかけていただいているのだと実感しました。
だから……ご主人様に愛していただかなくても構いません……私は、身も心も全て捧げて、ご主人様を愛して差し上げたいのです。これは神に誓って私の本心です」
(ぐあぁぁっぁぁぁっ!)
ルードヴィヒは、頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。
普段は、おっとりしていて感情の起伏に乏しいだけに、マルグレットの情熱的な告白は、ヘビーなボディブローのような痛撃をルードヴィヒの心に与えたのだった。
「わかったっちゃ。何とか善処するように考えてみるすけ……」
ルードヴィヒは、そう答えるのが精一杯だった。
「ありがとうございます。ご主人様」
マルグレットは満面の笑みを浮かべた。
そして、話題が変わり……
「どころで、ご主人様への忠誠の証として、これを着けたいのですが、よろしいでしょうか?」
マルグレットが取り出したのは、彼女が嵌めていた隷従の首輪だった。まだ、後生大事に持っていたのだ。
「隷従の呪いは解呪されているから、意味はねぇが……」
「でも、首の辺りがスース―して、なんだか頼りなくて……」
「そんだば、替わりになる物をおらが買ってやる。町へ行くから付いてこいや」
「はい。ご主人様」
マルグレットは、再び満面の笑みを浮かべた。
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