第31話 竜のハーレム(2)
だが、気になる存在がもう一人……。
ニグルもまた、ルードヴィヒのことを「主殿」と呼んでいる。彼女の頭の中では"主様(殿)"=繁殖行為の相手という単純な図式ができあがってしまっていた。
実際に、ニグルがルードヴィヒの部屋で喉をゴロゴロいわせている音を聞いたこともある。あれは猫科の動物が甘えているときの音だ。
それに、クーニグンデには全く理解不能だったが、人間の中には男色行為に走る者もいるという話も聞きかじっていた。
(しかし、奴は雄だろう。雄である以上主様から種をもらうことは不可能なはずだ……)
クーニグンデは、もやもやとしながらも割り切ることにした。
◆
「主様。お帰りなさいませ」
ルードヴィヒがマルグレットを連れて宿に帰ると、女騎士のクーニグンデが出迎えてくれた。
(あっきゃーっ! なんちぅ間の悪ぃこつでぇ……)
クーニグンデは、マルグレットの姿を見ると、表情が一転して険しくなる。
「主様。その者はいったい何者なのですか?」
クーニグンデはマルグレットに対し、鋭い眼光を発している。
マルグレットは震えあがり、ルードヴィヒの後ろに隠れた。
「いんやぁ……これは一言では言えねぇ事情がいろいろあってだのぅ……」
ルードヴィヒは、いやな予感がした。
先日、カミラを連れ帰ったときにも、さんざんに怨言を吐かれ、げんなりしていたところだった。
そこに追い打ちをかけるように、とんでもない美少女のエルフを連れ帰ってしまったのだ。
「主様。我という者がありながら、また新たな雌を連れ込むとはどういう了見なのです?」
クーニグンデの口調は静かだ。そのことがかえって込められている怒りを際立たせている。
(よりにもよって"雌"呼ばわりたぁ……こらぁまずい……)
「おらぁふしだらな気持ちは微塵も……」
「ふしだら? 誰がそんなことを言いましたか? 主様がそう思っているから言葉として出てきたのでは?」
もはやクーニグンデは怒りに体が震えている。
「我に種をくれるという約束は、いったいどこにいったのですかぁ!」
……と一際大きく叫ぶと、クーニグンデは大口を開ける。
人間にしては長い犬歯が、キラリと光ったように見えた。
「待ってくれや。クーニィ。だめだ……それだけは……」
「問答無用!!」
クーニグンデは有無を言わさず、ルードヴィヒの首筋に嚙みついた。
途端にルードヴィヒの体が痺れていく。
「くっ……ううっ……」
クーニグンデの犬歯からは、通常の人間であれば瞬殺できる量の神経毒が注ぎ込まれていた。
子供の頃から毒耐性をつけるべく訓練を積み重ねてきたルードヴィヒだからこそ、これで済んでいるのだった。
とりあえずの制裁を加え、クーニグンデが口を離すと、犬歯から濃い紫色をした毒が糸を引いて垂れた。
毒が垂れた床は変色し、その凄まじさを物語っている。
さすがに、ルードヴィヒの致死量はわきまえているらしい。
「ふんっ!」
クーニグンデは、踵を返すと、そのまま不機嫌な顔をして去っていった。
ルードヴィヒは、意識が朦朧とし、立っているのがやっとの状態だった。
「ご主人様。大丈夫ですか?」
マルグレットは不安の表情でルードヴィヒの顔を覗き込む。その顔色は真っ青だった。
ルードヴィヒは、強がりながら、なんとか言葉を絞り出す。
「あちこたねぇ……いつもんことだすけ……」
(そんな……いつものことって……)
マルグレットは、これから自分がどういう状況に置かれることになるのか怖くなった。
◆
宿では、ルードヴィヒ、ニグル、ライヒアルト、ハラリエル(実は女だが)の男性陣で4人部屋を一部屋、クーニグンデ、ルークス、ゲルダ、カミラの女性陣で4人部屋を一部屋とっていた。
マルグレットが来たことで定員オーバーとなった訳だが……。
さすがにクーニグンデと新参者の2人を同室にするのは気が引けたので、クーニグンデとゲルダには、別の2人部屋に移ってもらった。
部屋で一息入れたマルグレットは、早速ルークスに質問してみた。
「あのう……私、何か悪いことをしてしまったのでしょうか?」
ルークスは優しく微笑みながら答える。
「あなたが悪い訳ではないのよ。クーニィは、ああいう性分だから……」
それでもマルグレットは、不安を払拭しきれない。
「やっぱり私、謝ってきます」と言うと部屋を出ていった。
ルークスは止めなかった。全てのハーレムメンバーは頂点の雄の庇護下にあり、これを害することは頂点の雄に逆らうことを意味することを知っていたからだ。クーニグンデに限っては、そのようなことはあり得ない。
トン、トン。
部屋の扉をノックするとゲルダが開けてくれたので、恐る恐る部屋に入る。
マルグレットは、正面にいるクーニグンデに早速謝ることにした。
「あのう……私、あなたの気分を害するようなことをしてしまったみたいで……申し訳ございませんでした」
「別に……おまえは悪くないよ。悪いのは主様の方だ。次々にライバルを連れ込んで……序列を争う雌の身にもなって欲しいものだ」
「いや……私はそもそも奴隷の身ですから、あなたの地位を脅かすようなことは決してございません」
「何を言っている! 雌の価値は、その持っている魅力で決まる。人間が勝手に決めた身分など関係がない。そんなものはドブにでも捨ててしまえ!」
「はあ……」
マルグレットは、全く思考が追い付いていない。
「とにかくだ。ハーレムメンバーに入った以上、おまえは仲間だ。危ないことがあったら我が守ってやるからいつでも言いなさい。それも序列一位たる雌の務めなのだから……」
「はい。承知いたしました」
かろうじて自分に対する害意はないのだということだけは理解できた。
マルグレットは、少しだけ安心した。
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