第31話 竜のハーレム(1)
夢幻界は、精霊、妖精、聖獣などが住まう世界であり、現実世界の地上部分と並行して存在する位相の異なる世界である。
夢幻界にはそこかしこに破れ目があって、それは現実世界とつながっており、肉体を持った人間がそこに迷い込むような事故も度々発生していた。
13歳となり、現実世界での冒険の限界が見え始めていたルードヴィヒは、守護精霊たちの勧めもあって、夢幻界に足を踏み入れた。
様々な妖精や聖獣を子分に従えていくうちに、夢幻界に竜人族が住まうことを知り、各部族のハーレムを訪れ、修行を付けてもらう日々が続いた。
最後に竜人族のうち最強・最恐である黒竜族のハーレムを訪れた。
ここでも幾多の困難を退けながら修行を続け、これに区切りをつける日がやってきた。
「これまでお世話になりました。黒竜王。
武技を極めたとはとても言えないところですが、他にもいろいろと回ってみたいところがありますので、ひとまずお暇させていただきます」
ルードヴィヒは、黒竜王のもとを去るに当たり、謝意を述べていた。
「先日は我も一本取られたところであるからな。我が一本取られるなど記憶の彼方にしかない。何千年ぶりか何万年ぶりか見当がつかぬわ。はっはっはっはっ」
黒竜王は豪快に笑う。久しぶりに出会えた強者との手合わせがよほど楽しかったのだろう。
黒竜王は竜人族の中でも最強で最恐の存在と言われる黒竜族の族長である。混沌が生み出した最初期の黒竜族の生き残りとされており、それが真実ならば億を超えるオーダーの年齢と思われる。
「いえ。たったの一本しか取れず、お恥ずかしい次第です……」
「お主はまだこれから方々を回るのであろう。だが、お主のような者に中途半端に死なれては面白くない。ついては、お主に我の加護を与えてやろう」
「守護契約を結んでいただけるということですか? それは恐れ多いことで……」
「我が気に入ったから勝手にやるまでのこと。ただの酔狂だ。遠慮するでない」
「承知いたしました」
黒竜王が手をかざすと、ルードヴィヒの足元に魔法陣が生じ、ルードヴィヒは神秘的な光に包まれた。
ルードヴィヒは、これまでの経験から黒竜王の加護を得られたことを直感で理解した。
「心から感謝申し上げます。では、お名残り惜しいところではございますが……」
すると……。
「お待ちください!」と声を上げた黒竜族の少女がいた。
黒竜王の末の娘であるクーニグンデである。
何番目の娘かは見当もつかないが、末の娘ということで黒竜王に溺愛されている存在だ。
「我は、ルードヴィヒ様に付いていきたく存じます」
「ほう……ルードヴィヒを強者と認め、その種を欲すると申すか?」
「はい。そのとおりです」
クーニグンデの顔は照れでほんのりと赤みが差しているが、答えぶりは明瞭だった。
「わかった。まだ多少頼りないところはあるが、おまえがそこまで言うのならばハーレムの外に出ることを許そう」
「ありがとうございます。お父様」
いつもは無粋な表情をしているクーニグンデも、この時ばかりは微笑んでいる。
そして、ルードヴィヒに向き直ると言った。
「これから末永くお願いいたします……旦那様」
竜人族に結婚の概念はない。
が、初めてのことにためらいながらも、人間の妻が夫を呼ぶような感覚で「旦那様」と呼んだらしい。
(いやいやいや……おらの意思はどこ行った……)
だが、黒竜王の目の前で愛娘の思いを蹴り飛ばすような行為をしたら、命が危ない。
クーニグンデは最恐の種族ということで、性格に多少の難はあるが、あれでいて優しい面も持っている。
実は、竜人族のハーレムに初めてたどり着いたとき、毒に犯されて力尽き、行き倒れているのを発見して、介抱してくれたのはクーニグンデだった。
それに切れ長の目が特徴のクールな印象のする美人でもある。
剣術の腕も確かだし、竜の本性の姿となったら、どのくらい強いのか見当もつかない。
これからの冒険のことを考えると、これ以上の頼もしい味方はいないだろう。
(そもそも、おらの気持ちはなじょだろぅか……)
好きか嫌いかの2択とすれば、好きの方で間違いはない。
だが、それは恋人にするとか、更には妻にするというほど成熟した感情とは言い難かった。
(まあええさ……こっからゆっくり考えりぁええ……)
だが、それはそれとして……。
「その"旦那様"っていうのは、止めてもらえないだろうか?」
「それはどういう意味ですか?」
クーニグンデの表情が剣呑となった。
咄嗟にルードヴィヒは、弁解をする。
「いや。慣れていなくて恥ずかしいだけだ……つ、パートナーとしての君の存在を否定したいわけじゃない」
"妻"と言いそうになって、慌てて"パートナー"と言い換えた。
「では、どう呼べば?」
考えあぐねたルードヴィヒは、ニグルが自分のことを"主殿"と呼んでいることに思い当たった。
「"主様"でどうだ?」
「あなたがそれで良いのなら……"主様"。そのかわり我のことも"クーニィ"とお呼びください」
「わかった……クーニィ」
(そんだども……いきなし愛称呼びっちぅのも照れるのぅ……)
だが……。
「まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
クーニグンデがルードヴィヒのパーティーメンバーとなってまず衝撃を受けたのが、ルークスの存在である。
彼女も、ルードヴィヒのことを"主様"と呼んでいる。また、自分とは対極の光属性を持つ存在であることが、まずもって気に食わなかった。
(まさか我に先んじてハーレムメンバーがいたとは……)
竜人族の雌は、他のハーレムメンバーの存在を否定するものではない。ハーレムへの加入を認めるのは頂点たる雄の権限だし、それにその数は雄の強さの象徴でもある。
問題は、雌の間の序列である。雌は、雄の更なる寵愛を求めて、その序列を競い合うものだ。
(ここはまず、機先を制して……)
……と考え始めていたクーニグンデは、拍子抜けした。
ルークスは、ルードヴィヒの種をもらうことに全く執着していない様子だった。
それもそのはずで、精霊はエーテルの渦の中から自然発生する存在であり、繁殖行為というものを行わない。このため興味がないだけだった。もっとも、実体化した肉体は、完璧に人としての機能を満たしていたので、行為ができない訳ではなかったが……
クーニグンデは、精霊のことをそこまで深く理解はしていなかったが。序列争いからは勝手に離脱したとみなした。
(これで我が序列1位だ)
クーニグンデは、密かに満足していた。
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