第30話 エルフの少女(2)
オーディション会場にあるVIPルームに案内されたルードヴィヒは、競り落とされたエルフの少女の到着を待っていた。
程なくして、ロマンがエルフの少女を連れてやって来た。ロマンは、気を利かせたつもりなのか、そのまま少女を残して部屋を出ていく。
透き通るような白い肌に長く伸ばした金髪が輝く、可憐で儚げな美少女だった。近くで見るとその美しさが際立って見える。
彼女は、まだオークションのステージ上で来ていた薄絹を着たままの姿だった。
そこのところは男の本能で、透けて見える下着や体のラインをチェックしそうになり、ルードヴィヒは慌てて目を逸らした。
彼女は、おとなしく、慎ましやかで従順そうに見えるが、これは彼女の本来の性格からくるのか、あるいは奴隷として躾けられた結果なのか……。
思わず後者を想像してしまったルードヴィヒは、少しばかり気が滅入った。
彼女の目には、少しだけ不安の色が見て取れる。
それもそうであろう。
"下着姿でさらし者になっている状況から一刻も早く救ってやりたかった"などという優しい心情からルードヴィヒが破格の高値を付けたなど、誰が想像できようか?
会場にいたバイヤーたち、それに少女本人を含め、好色で、世間知らずで、金遣いの荒い、放蕩者の貴族の坊ちゃんだと思ったに違いない。
それにこの上ないルードヴィヒの美貌は、悪意を持って見れば、温室育ちのアホ面に見えなくもなかった。
ルードヴィヒは、いくら鈍いとはいえ、自分の意図を察してもらえていないだろうくらいは理解していた。
(どう話を切り出したもんか……悩むのぅ……)
「おらぁルードヴィヒだっちゃ。おめぇの名前は、何ちぅがぁだ?」
エルフの少女は感情を隠そうとはしているが、驚きの色が見て取れた。それに少し怖がっているようにも見える。
当のエルフの少女にしてみれば、突然に飛び出した田舎丸出しの方言に驚き、その言葉が与える乱暴な印象に恐怖したのだった。
言葉遣いが乱暴などという自覚は本人には全くないのだが、こういう場合に方言は不利である。
エルフの少女は、恐怖を押し殺しながら答える。
「マルグレットと申します。よろしくお願いいたします。ご主人様……」
美しいが、か細く、今にも消え入りそうな声に、ルードヴィヒはきまりが悪く思った。
(おらぁそんなに怖ぇろぅか……)
それにしても、マルグレットが首に嵌めている真っ黒な隷従の首輪が目障りだ。
隷従の首輪には、主人に服従するよう黒魔法による呪いが付与されており、命令に逆らうと激痛を与えるようにできている。
この黒魔法は教会も黙認するものだった。
(こん程度の呪いを解くことなど、どうちぅこたねぇ)
ルードヴィヒが軽く念じると、呪いは簡単に解呪され、ついでに首輪が取れて、ポロリと落ちた。
「ご主人様。申し訳ございません!」
マルグレットは、自分の失態だと思ったらしく、慌てて首輪を拾うと、再び首に嵌めようとしている。
ルードヴィヒはそれを制した。
「あちこたねぇてぇ! 首輪はおらが外したがぁだすけ」
それを聞いたマルグレットはピタリと手を止め、訳が分からないといった呆けた表情でルードヴィヒの方を見た。その目は、説明を求めているようだった。
「おらぁおめぇを奴隷にするつもりはねぇ」
しかし、マルグレットは喜ぶところか、その表情は不安で染まった。
「あのような高値で競り落とされた以上、私は身も心もご主人様に捧げずにはいられません」
……とマルグレットは必死に訴える。
「別におめぇを見放すっちぅ訳じゃねぇ。おめぇの処遇はゆっくり考えるすけ、それまでゆるりと過ごさっしゃい」
「はい。承知いたしました」
……とマルグレットの返事は素直だが、納得はしていない様子が見て取れた。
ルードヴィヒという人物を把握できていない彼女は、先ほどの言葉を信じ切れていないのだろう。
(それと……あん衣装を何とかしねぇばな……)
さすがに、下着が透けた薄絹姿で連れ歩くわけにはいかない。
ルードヴィヒは、ストレージからハラリエル用に保存してあったチュニックを取り出した。
何気に活躍するハラリエル用のチュニック……
「マルグレットさん。とりあえずは、おらが今泊っている宿に一緒に行ってもらうども、そん前にこれに着替えてくれねぇけぇ。色気のねぇ服で悪ぃども……」
しかし、そこで思わぬことが……。
チュニックを受け取ったマルグレットは、着替えようとその場で薄絹を脱ぎ出してしまった。
「お、おらは外で待ってるすけ、着替え終わったら出て来てくれや」
そう言い残すと、ルードヴィヒは急いで部屋を出た。
どうやらマルグレットは、男性の前で裸になることに抵抗がないらしい。
(奴隷として、今までどんな躾を受けてきたやら……)
あれこれ想像されて、思わず顔が赤くなるルードヴィヒであった。
だが……
「まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
◆
「ほう。これは見事なものだな」
競り落とされたアース・ドラゴンを見分した大公フリードリヒⅡ世は、その品質が期待以上のものだとあって満足の表情で言った。
「それで、このアース・ドラゴンの出品者は例の者なのだな?」
「ははっ」
「アース・ドラゴンを倒したのも、その者なのか?」
「はい。裏は取れております」
「そうか……」
(思った以上にタダ者ではないということか……これは本気で取り込みにかかる必要があるな……)
考えに耽る大公の眼に、嫡出子で次女のコンスタンツェが、アース・ドラゴンを興味深そうに見入っている姿が映った。
(そうか……その手もあるな……)
大公は、何かを思いついたようだ。
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