第29話 オークション
混沌は、大地と天空を生み出した後、最初の人類を創成した。
この最初の人類は、それぞれ火・風・水・土と光・闇の属性を持つ6部族からなり、混沌の血を濃く受け継ぐことから、竜に変身する能力を持っていた。
この者たちは"竜人族"と呼ばれ、伝承によれば、この世界のどこかに楽土を築き、今でも存在し続けているという。
属性竜は、竜人族が竜に変身した姿で固定化し、属性を保持したまま種族化したものと考えられている。
千年を超える長命であり、数百年のオーダーの年齢のものを長老竜、千年のオーダーの年齢のものを古代竜という。
竜は、爬虫類と同様に、次第に鈍化はしていくものの、一生涯成長が止まらない。古代竜の大きさは百メートルを超えるとも言われている。
成長した竜は高い知性を持ち、人跡未踏の地において、強い雄を頂点とするハーレムを形成して暮らしている。
人間との接触を持つ竜は、ハーレムになじめず、はじき出された若い雄竜、すなわちはぐれ竜であることがほとんどである。
また、属性竜が環境に適応して独自に進化したと考えられる亜種として、腕と翼が一体化した翼竜、水中を住処とするリントヴルム、小型化した小竜などがいる。
聖ロザリオ商会の倉庫は、大商会の倉庫に相応しく、相当な大きさのものであった。
そこへと案内されたルードヴィヒは、何の気負いもなく言う。
「ここならなんとか……じゃあ、出してもええけぇ?」
("出しても"って、どういうことだ? 外から運び込むのではないのか?)
フーゴーは疑問に思ったが、とりあえず無難な返事をする。
「どうぞよろしくお願いいたします」
次の瞬間、「ドシン」という鈍くて大きいな音を立てて、フーゴーの目の前に巨大な生物が現われた。
フーゴーは驚きの極致にあったが、大商人の面子もあり、驚きの声が出そうになるのを何とか押し留め、動じていないふりを装う。
若いロマンには無理だったようで、「ひぇーっ!」と悲鳴にも似た声を上げていた。
目の前の生物は、頭胴長が15メートル、尾まで入れたら30メートルはあろうかという生物で、土気色をした蜥蜴にも似た体をしている。
(そうか、ストレージの魔法か!)
フーゴーは、すぐに思い当たった。
ストレージの魔法は元素魔法からは外れる難易度の高い魔法であり、使い手は少ないものの、荷物の運搬に便利なため、使い手を聖ロザリオ商会でも何人か雇用してはいる。
だが、この収容量はどう考えても規格外だ。
フーゴーは呆れたが、それよりも問題なのは、目の前の巨大生物だ。
「不勉強で申し訳ございません。この生物は何なのでしょうか? ドラゴンの一種にも思えますが……」
ルードヴィヒは、淡々と答える。
「アース・ドラゴンだっちゃ」
アース・ドラゴンは属性竜の一つである土竜から派生した亜竜の一種であるが、それが本当ならば数十年に1回獲れるかどうかの貴重なものだ。
フーゴー自身は扱ったことがないが、父から話を聞いたことがある。その時のドラゴンは、多くの者に寄って集って攻撃を受け、ボロボロな状態だったという。
しかし……。
目の前のアース・ドラゴンは全く傷がないピカピカの状態で、つい今しがたまで生きていたように見える。
その価値は計り知れず、全く見当がつかなかった。
「これは大変貴重なものをありがとうございます。ちなみに、これはローゼンクランツ卿が倒されたのですか?」
「おぅ。仲間には助けてもらったども、おらが倒したがぁぜ」
「全く外傷が見られないのですが、一体どうやって?」
「口を開けたとこで、火魔法で肺を焼いたがぁてぇ。そんだすけ、口ん中と肺は焼けとるども、何か問題あるけぇ?」
「いいえ全く……しかし、ドラゴンなどよく倒されましたな」
「いやあ。こいつぁ空を飛べねえから、てぇしたこたぁねぇよ」
"たいしたことない"発言に顔が引き攣りそうになるフーゴーだったが、これは何とか耐え、平静に答える。
「左様でございますか」
フーゴーは、気を取り直して会話を続ける。
「ですが、問題が一つ……今すぐ現金化することは無理です」
「なじょしてでぇ?」
「貴重過ぎて値段が付けられません。付けられたとしても、その金額を即金で出せる商会はないでしょう」
「へえ。すっけな貴重なもんなんけぇ……"森"じゃあちょくちょく見かけるども……まあいいや。そんだども値段が付けられねぇんじゃ困ったのぅ。なじょするがぁ?」
"ちょくちょく"の言葉にまたもや引き攣りそうになるが、だんだん慣れてきた。フーゴーは、(もう驚くまい)と覚悟を決める。
「オークションを開きます」
「なるほど、その手があったのぅ」
こうして、アース・ドラゴンはオークションに出されることになった。
聖ロザリオ商会の倉庫では鮮度が保てないので、それまではルードヴィヒのストレージに保管する。
一段落して、フーゴーは思った。
(ずっとシオンの町で育ったとはいえ、世間の常識というものを全く知らない御仁なのだな。これから少しずつでも教えて差し上げねば……)
その後、興味津々のロマンにアース・ドラゴンを倒したときの話を根掘り葉掘り聞かれた。
ロマンは、ルードヴィヒのことを気に入ったようだ。
替わりにロマンのことも知ることができた。
学校を出たばかりの18歳で、商会での修行を始めたばかりだが、極めて成績優秀で、将来を期待されているらしかった。
一月後。
聖ロザリオ商会の主催でオークションが開催された。
なぜ、これほど時間がかかったかというと、アース・ドラゴンは異例な高値が予想され、単独での落札が困難なため、複数の商人らがシンジケート団を結成するのに時間を要したためだ。
アース・ドラゴンが目玉の出品物としてトリを飾るのはもちろんだが、この際だからと様々な品が出品され、中には奴隷まで含まれていた。
「へえー。こらぁ魂消た(驚いた)のぅ」
オークションに出品された豪華な美術品などを見て、ルードヴィヒは感心の声を上げていた。
そして奴隷がオークションに出される順番が来た。
高級品が続々と出品される中で、なぜ奴隷なのかと不思議に思っていたルードヴィヒだったが、ステージ上に登場した奴隷を見て納得がいった。
オークションに出されたのは美女の奴隷ばかり。
司会者ははっきりとは言わないが、これを競り落とそうする者は性奴隷とすることが目的なことは明らかだった。
美女の性奴隷は高値で売買される。要は、そういうことであった。
次々と競り落とされていく美女の奴隷たちは華やかに着飾っており、隷従の首輪がなければ、とても奴隷とは思えなかった。
「最後を飾りますのは、なんとエルフの少女です。15歳。健康状態は良好。もちろん処女です。こんな優良奴隷は二度とお目にかかれないでしょう。
さあ。皆様、張り切って競り落としてください。まずは3万ターラー(3百万円相当)からのスタートです」
司会者が声を上げて会場の雰囲気を盛り上げる。
「3万5千」
「3万8千……」
バイヤーたちの声を聞き流しながら、ルードヴィヒは、鑑定したエルフの少女のステイタスに注目していた。
彼女のサブのジョブには、こうあったのだ。
「王女」と……。
帝国から海を挟んで遥か北方にはノルエン王国というエルフ族の王国がある。少女のサブのジョブがフェイクでないのならば、ここの王女ということが考えられるが……。
これが真実なら国際問題となりかねないのに、なぜ騒ぎとならないのか?
(そっか! 他の人にはサブのジョブが見えねぇんだ!)
そうだと考えると合点がいく。見えないのなら、彼女が「王女」だと主張したとしても、奴隷から逃れるための方便と皆が思うだろう。
「5万」
「5万3千……」
落札額は、じりじりと上がっていく。
(なじょする? おらしか見えねぇとなると……)
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