第28話 聖ロザリオ商会(2)
だが、ハラリエルは全く動じない。
「明日には、ここの屋敷を出ることになります。
カミラさんが住んでいたお屋敷も綺麗になって、そこに私たちで住むことになります。カミラさんに悪意を持っている人は私たちの中にいませんから、カミラさんは、そこで平和に暮らすことになります」
「どうして、そんなことがわかるんですか!?」
カミラの口調はまだ固い。
「実はここだけの秘密ですけどぅ。私には、少しだけ先の未来が見えるんですぅ」
「はあ?」
(何を言っているんだか……この人は……)
カミラは、真面目に返答することがバカバカしくなってきた。
(でも、悪意があっての行動でないことだけはわかるわ……)
カミラは、(世の中捨てたものじゃない)と少しだけ思った。
◆
決断したルードヴィヒの行動は早かった。
「リーゼロッテ様から邸宅を贈呈されたので、明日、早速引っ越します」とブルーノに告げた。
当然、止められるようなことはなく、あからさまにせいせいしたという顔をされた。
翌日。
旧ペンドラゴン邸に近い宿をとると、そこに滞在することにした。
荷物はルードヴィヒのストレージにぶち込み、早々に出立する。
見送ってくれる人など誰もいなかった。
宿に着いて一息入れていると、ライヒアルトに声をかけられた。
「俺たちまで世話になって、悪いな」
「水臭せぇのぅ、今更」
「しかし……」
「金の心配ならいらねぇ。こう見えて、おらは金持ちだすけのぅ」
「これからどうするんだ。いつもまでもここにいる訳にはいかないだろう?」
「ロッテ様にいただいた邸宅を修繕して、そこに住むっちゃ」
「そうは言っても、アウクトブルグに来たばかりで、まだ右も左もよくわからないのだろう。当てはあるのか?
悪徳業者に騙されでもしたら厄介だぞ」
「ちっとばかし、当てはあるっちゃ」
「ならいいが……」
ルードヴィヒが向かったのは、聖ロザリオ商会である。
祖父のグンターから立ち寄るよう厳命されていたのだが、後回しになっていた。
有名な商会だけあって、場所はすぐにわかった。
従業員に来訪を告げると、ルードヴィヒより少し年上の感じの少年がすぐに応対に出てきた。
「これはこれはローゼンクランツ卿。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
少年は笑みを浮かべているが、心境はうかがい知れない。
かといって、不快を与えるようなものではない。そんな笑顔だった。
(これが商人スマイルっちゅうやつけぇ……世の中にはいろんな人がいるもんだのぅ……)
応接室に通されると、すぐに商会長と思われる中肉中背の中年男性がやってきた。小ぎれいな服装をしており、いかにも商人らしい。
「本日は、わざわざお越しいただきありがとうございます。私が商会長のフーゴー・リッヒです。よろしくお願いいたします。
それから、こちらが息子のロマンです」
「ロマンです。よろしくお願いいたします」
「おらはルードヴィヒだっちゃ。爺さから必ず挨拶に行けって言われたがぁだすけに来たっちゃ」
二人とも態度も物腰もしっかりしている。さすが祖父母が経営を任せているだけあると思うと頼もしかった。
「そんで、今日は頼みてぇことがあってきたっちゃ。
実はツェルター家から邸宅を貰ったがぁども、修繕が必要だすけ、手配してもらえんろぅか?」
「それはもちろんですとも。ちなみにどこの邸宅で?」
「旧ペンドラゴン伯爵邸だっちゃ」
「ええっ!………………」
フーゴ―もさすがに"あの幽霊屋敷"とは言えなかったようだ。
「あちこたないっちゃ。悪霊はおらが退治したすけ」
さすがに、ローゼンクランツ翁の孫にそこまで言われては信じざるを得ない。フーゴーは何事もなかったかのように同意する。
「左様でございますか。では、早速手配いたします」
「そんだば、よろしく頼まぁ」
一段落ついて、フーゴーが申し訳なさそうに言う。
「ところで、こちらからもお願いしたいことがあるのですが……」
「ん? 何でぇ?」
「実は、事業の拡大に資金が追い付いていない状況でして……ローゼンクランツ翁に追加出資いただけるようお口添えいただきたいのですが……」
「すっけんことけぇ。そんじゃあ、おらが出してもええよ」
(いくらローゼンクランツ翁の孫とはいえ、商会に出資するような資産を持っているのか? 金額をはき違えているのでは?)
フーゴーは疑問に思ったが、決して顔には出さない。
「それはありがとうございます。で、いくらほどご出資いただけるので?」
「金は持ち合わせがねぇすけ、現物出資で構わんろぅ?」
「もちろんですとも。それで具体的には何をご出資いただけるのでしょうか?」
「そらぁ見てもらった方が早ぇと思うども、どっか広い場所はねぇろか?」
「では、荷捌き用の倉庫がありますので、ご案内いたします」
「わかったっちゃ」
その後、倉庫でルードヴィヒがストレージから取り出したものを見て、フーゴーたちは仰天することになるのだが……。
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