第3話 シオンの町にて(1)
ローゼンクランツ子爵家の領地であるシオンの町は、帝都のあるシュワーベン大公国南部に位置するツェルター伯国の山深い地にあった。
ツェルター伯国は、周りを高い山々に囲まれた地形となっており、守りに固い場所柄ゆえに、独立不羈の意識が強く、軍隊の強さでも帝国の中で群を抜いていた。
長い歴史の中で武術の聖地とも呼ばれるようになり、傭兵の産地としても有力となっていった。
ツェルター伯国は、形式上は神聖ルマリア皇帝の封建臣下であるが、その強さゆえに一定の独立性を保持している。帝国を構成する諸領邦からも無視しえぬ存在であった。
グンター夫婦とマリア・クリスティーナは、シオンの町の小高い丘の上にあるヴァレール城へと極秘のうちに移動した。
マリア・クリスティーナの存在は、町の人々に対しては徹底的に隠された。
一方で、剣聖の称号を持つグンターの帰参は大歓迎を持って迎えられた。
ローゼンクランツ家の当主は、帝国最強で最難とうたわれるローゼンクランツ双剣流剣術の師範を代々務める家柄であったが、5年前、領地に戻り弟子たちを指南していたグンターの父、先代剣聖が死去し、町の活気が下降気味となっていたからだ。
"剣聖"とは、帝国でただ一人許される最強剣士の称号である。
グンターがそれとない顔で先代と同様に弟子たちを指南しつつ時は過ぎ、いよいよマリア・クリスティーナの出産のときがやってきた。
出産のために用意された部屋には、産婆のほか、母のマリア・テレーゼが立ち合い、マリア・クリスティーナを激励している。
「クリス。あともう少しよ。頑張って!」
そして、マリア・クリスティーナが握っている母の手に一段と力がこもったとき、大きな産声が聞こえた。
「おめでとうごぜぇやんす。立派な男っ子だっちゃ。
そりにしても太っといへその緒だのぅ。こらぁ健康な子に育つに違ぇねぇこっつぉ」
「ありがとうございます」
ホッとして産婆の言葉に微笑を浮かべながらお礼を言うマリア・クリスティーナ。
「豪儀めごい子だのぅ。こらぁおっ母似だぜ……」
産婆は、慣れた手つきでへその緒を切り、生まれた赤子の体をぬるま湯で清めていく……。
が、ふと産婆の手が止まった。
「奥様。これ……何でぇ?」
産婆が指し示す赤子の背中を見たとき、母子は言葉を失った……。
産婆が生まれた赤子に産着を着せ、一段落したところを見計らって、マリア・テレーゼは夫を部屋に呼んだ。
「それでどっちだ?」
グンターは嬉しそうな表情で聞いて来る。
「立派な男の子ですよ」
「それはよかった……」
そこでグンターは、部屋のただならぬ雰囲気を察した。
「皆、どうした? 浮かぬ顔をして……まさか、生まれた子に障害でもあったか?」
「いえ! そんなことは……」とマリア・クリスティーナは慌てて否定する。
「では、なぜ?」
「実は……」
と言いながらマリア・クリスティーナは産着をはだけて赤子の背中を見せた。
それを見たグンターは、驚きのあまり目を見開いた。
「こ、これは……なんということだ……」
そしてグンターは、赤子の背中にあるそれにそっと手を添えると、軽く魔力を流してみる。
それは、グンターの魔力に反応して、淡い光を発した。
「これは……本物だな……」
部屋にしばしの沈黙が流れる。
皆が皆、信じられないといった顔をしている。
「皆、この真実は口外するでないぞ」
グンターのその一言に、部屋にいる一同は静かに頷いた。
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