第28話 聖ロザリオ商会(1)
聖ロザリオ商会は、40年ほど前に設立され、急成長をとげた会社で、現在では帝国でトップクラスの存在となっていた。
この商会はなんでも扱う総合商社のようなもので、実はグンター夫婦が若い頃に出資・設立したものである。
"ローゼンクランツ"は直訳すると"ロザリオ"を意味する。
何のことはない、そんなベタな名前なのであった。
では、なぜ"聖"なのかというと、それがもっともらしいというだけの話で、教会と関係があるとか、グンター夫婦が信心深いというようなことは、全くなかった。
商会の急成長の秘密は、グンター夫妻による潤沢な資金提供に加え、マリア・テレーゼ母子からの時代を超越した技術や経営ノウハウの提供にあった。
とりあえずは、カミラをこの廃墟に置き去りにする訳にはいかないが……。
ルードヴィヒは、カミラを連れてローゼンクランツ邸に帰ることにした。
(まずは、あんボロボロんドレスを何とかしねぇばな……)
ルードヴィヒは、ストレージからハラリエル用に保存してあったチュニックを取り出した。
「カミラさん。とりあえずは、おらが今住んどるとこに一緒に行ってもらうがぁども、そん前に、これに着替えてくんねぇけぇ。庶民用の服で悪いども……」
カミラは、もはや上位貴族のプライドなどどうでもいい気持になっていた。それに、自分は虐待されていたので、そもそも上等な衣服など与えられていなかった。
今は目の前にいる少年だけが頼りだ。よほどの理不尽なことがない限り、この少年に付いていこうと決めた。
「わかりました」
上位貴族の息女の何の躊躇いもない素直な返事を聞いて、ルードヴィヒは少し意外に思った。だが、それは今追及するようなことではない。
「じゃあ、おらは部屋の外で待ってるすけ、着替え終わったら出て来てくれや」
「はい」
着替え終わり、部屋の外に出てきたカミラの姿を見て、ルードヴィヒは感心した。
服を着替えただけでなく、ボサボサだった髪は整えられ、薄汚れていた顔も綺麗になって、こざっぱりとした感じになっている。
(ちっと待たされたと思ったら、そういうことけぇ。やっぱ女衆だのぅ)
「なかなか似合ってるでねえけぇ」
「そうですか……」
カミラはちょっと照れた顔をしている。
そして、ローゼンクランツ邸への道すがら、カミラはポツリと言った。
「私、これからどうすればいいのでしょうか?」
ルードヴィヒは一瞬戸惑った。キリシタ教には転生などという教えはないから、この世界の人は業の法則など知らない。
(やっぱヤハウェをダシに使わせてもらおっかのぅ……)
「例え100年以上前の悪行だったっちぅても、全知全能の神は全てをご存知だ。だすけ、悪行に対しては遅かれ早かれ報いが返ってくる」
「そ、そうですね……」と返答するカミラの顔色は青い。
「そんだども、心配ねぇ。これから過去の悪行を帳消しにするような善行を積めばええだけん話だすけ」
「そんな簡単に……私などにできるでしょうか?」
カミラは、まだ不安な様子だ。
「何も難しく考える必要はねぇよ。教会の奉仕活動みてぇな目立つことばっかりが善行っちぅ訳じゃねぇ。
例えば、誰が見てるでもなく、道端に落ちているゴミを片付けるようなことも"陰徳"っちぅて立派な善行なんだすけぇ。そんぐれぇなら、えっくらでもできるろぅ。
要は、神は全てを見ているっちぅことだっちゃ」
「そう……ですね」
カミラは相変わらず自信がなさそうではなるが、表情は少しだけ明るくなった。
そして、ローゼンクランツ邸に着いたのだが……。
予想どおり、ローゼンクランツ邸の家族にはいい顔をされなかった。
ルードヴィヒも余計な者を連れ込んだと嫌味を言われたし、カミラ自身も素性の知れない者ということで、蔑みの眼で見られた。
主人のそんな様子を見ていた使用人たちの態度も芳しくない。
悪意に対して悪意で返しては今までと何も変わらない。
そう思ってか、カミラは必死に我慢している様子だ。
だが、既に心が弱っているカミラをそんな環境に置き続けたら、彼女の心が壊れてしまうかもしれない。
(こらぁ、カミラさんのためにも、ここん家からは早々に出た方が良さそうだのぅ……)
◆
深刻そうな顔をしているカミラに声をかける者がいた。
「大丈夫ですよぅ。カミラさん」
「あなたは?」
「私は、ルードヴィヒ様の従者のハラルです」
例によって、ハラリエルは呑気で平和そうな顔をしている。
「そうですか……よろしくお願いします」
カミラの顔は晴れない。
「だから大丈夫ですよぅ。カミラさん」
「初対面のあなたに、私の何がわかるというのですか!」
しつこく"大丈夫"を繰り返すハラリエルに対し、カミラはムキになってしまった。
お読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!
皆様からの応援が執筆の励みになります!





